2012年05月19日
JPALS
中森です。
今日は日本薬剤師会の生涯学習システムであるJPALSについて書こうと思う。この文はそのまま石川県薬剤師会の県薬レポートに投稿する予定である。つまり下書きということになる。
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日本薬剤師会JPALSについて。(至急登録のお願い)
今から約二年前、日本薬剤師会の生涯学習委員会に初めて召集されることとなり出席した。日本薬剤師会の別の委員会とは違い、とてもアットホームな感じがした。委員長である上村先生のお人柄によるものなのだろうか。当時の時点では、プロフェッショナルスタンダードとクリニカルラダーが作成されておりこれをいかに活用をして、生涯学習に結びつけるかという観点から討議が始まった。
そんななかで注目されたのはイギリスで薬剤師として実際に業務を行っていたという上田先生の存在であった。イギリスでは薬剤師免許証は更新をしなくてはいけないそうで、そのためにポートフォリオという学習記録をWEBでつけている。それを評価者側が判断して免許が更新されていくという。先進的な事例に触れ我々委員は上田先生の話に聞き入っていた。
それから暫くはポートフォリオをめぐる一進一退の議論でなかなか先に進まなかった。このままでいいのだろうかと思っていた矢先、具体的なWEBでの利用方法がWEB業者の提示により見えてきた。イメージする原案ができたことにより委員の意識は高まっていった。モデル地区を設定しようということになり北海道と熊本が選ばれた。
世界各国の生涯学習の現状を見てみると大概が同様なポートフォリオで学習の管理を行いそれを評価して次なる学習の目標を定めるということに共通していることがわかった。
多くの先進国では、国際薬剤師・薬学連合(International Pharmaceutical Federation 以下、FIP)が提唱する「継続的な専門能力開発」(Continuing Professional Development 以下、CPD)の考え方に基づいて生涯学習の義務化と免許更新が制度化され、薬剤師職能の維持・向上のために重要な役割を果たしている。
さらにFIPは、CPDを次のように定義している。
「the responsibility of individual pharmacists for systematic maintenance, development and broadening of knowledge, skills and attitudes, to ensure continuing competence as a professional, throughout their careers.」(生涯にわたりプロフェッショナルとして継続的な能力を確保するために「知識、技能、態度」を発展させ拡大し体系的に維持していく薬剤師個々の責務。)
水準に追いつく義務が課せられているため我々薬剤師は、知識水準を保持していくことが必須とされている。薬剤師が社会から信頼されるには、一人ひとりが目標を定めて研鑽を積むことが必要だ。これは決して専門性を高めるものではなく薬剤師であったなら当然知っているであろうというジェネラリストを目指そうというものである。
さらに今年の春から6年制の教育課程を経た薬剤師が誕生する。これまでと違うのは臨床能力を備えた現場志向の薬剤師であるということだ。これが現在の世界の薬剤師がすでに果たしている国際的な潮流である。CPDつまり継続的なプロフェッショナルとしての能力開発を行うにあたり、中心となるポートフォリオの存在が俄然クローズアップしてくる。
そういった流れの中で日本薬剤師会はコアとなるポートフォリオを作成しなくてはならない。さらに、都市部から離れたところで業務にあたっている薬剤師も十分な教育が受けられるように「e-ラーニングシステム」を構築する必要がある。これは別の委員会にお任せすることとしてまずはポートフォーリオをどのように構築するか、この点に関して委員会は紛糾した。
薬学6年制は他の先進国に引けを取らない教育制度となり評価を受けているところであるが、卒後の生涯学習は各個人に委ねられている。継続した知識を獲得していくためには生涯学習支援システムが必要となる。そのためのポートフォリオをどのような位置づけにするか。生涯学習委員会では次のように定義づけた。
ポートフォリオシステム
システムの大きな柱「ポートフォリオシステム」は、web版ポートフォリオに学習した内容を記入するもの。CPDのサイクルにしたがって生涯学習を行う。そのサイクルとは、振り返り、計画、実践、評価という一連の流れである。この結果をポートフォリオに記録することで、学習の進捗状況を把握しようとすることができる。
「振り返って自己査定(reflection)」、つまり自身の学習状況をを振り返り、日々の業務から学習すべき目標を立てる。そのため目標を立てやすいようにPS(プロフェッショナル・スタンダード)という指標を作成した。まず開始時にPSをチェックする。そのことで、現状を把握できるのだ。
それを踏まえ今後の学習計画を立てていく。学習を実践した結果、学習できたPSがあれば、その時点でチェックしていく。必要な学習目標がPS以外にあれば、CPDに沿って実行し、ポートフォリオに記録する。ポートフォリオへの記録は個々の学習活動を記録し、実績を記録することで目標到達のための軌跡として役立てることができる。また薬剤師として薬局外でおこなった社会活動も対象になる。つまり薬剤師が学習したことだけではなく、薬剤師としての活動をポートフォリオに記録として残すことができる。
今後はこのシステムをどのように定着させていくかであるが、すべての薬剤師に貸された責務というFIPの言葉の重さに注目する必要があるだろう。まずは登録すること。薬剤師である以上登録は責務と考える必要がある。そうすることで生涯にわたりプロフェッショナルとして社会に薬剤師業務を継続して行うことができる。
まだ会員の中で登録が済んでいない方がいる。至急登録し、薬剤師の生涯学習に取り組んでほしい。
概要 日本薬剤師会3月号別刷りより
○ 対象
薬剤師国家資格を有するものおよび薬学生
○ ポートフォリオシステム
日本薬剤師会会員 無料
○ クリニカルラダーレベル5認定料
日本薬剤師会会員 5,000円
○ 登録方法
日本薬剤師会ホームページ参考
日本薬剤師会3月号別刷参考
今日はそんなとこです
では
中森慶滋
2012年05月12日
Play It Sam
中森です。
昨日の新聞に連載されている三谷幸喜氏のエッセイ「ありふれた生活」に小泉今日子と出会った様子が書かれていた。平野レミさんから電話があり、今すぐお店に来てという。行ってみると三谷氏がかねてからの憧れであった、小泉今日子つまりキョンキョンがそこにいた。アイドルとしてのキョンキョンを思い描いていただけに、現実のキョンキョンは些か様子が違っていた。お酒が回りいい感じで出来上がってべろべろの一歩手前のキョンキョンの様子を次のように書いている。
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素顔の小泉さんは、アイドルのイメージとかけ離れていた。一言で言えば「姉御」。いやもう「兄貴」レベルかも知れない。煙草をふかす姿がやけに格好いい。まさに男前。かなりあけすけに自分の話をする。ざっくばらんすぎて愕然となる瞬間が何度もあった。嫌いなものは嫌いとはっきり言い、許せないことに対しては、「それはクソだね」という表現でばっさり斬り捨てる。声質だけは、アイドル時代から変わっていないので、そのギャップが凄い。見た目は鷹なのに鳴くとウグイスみたいなそんな感じ。
(略)
僕の方が年上なのに、そしてほとんど初対面に近いというのに、小泉さんは僕にとって人生経験豊富な「頼れる先輩」と化していた。僕は生きるうえでの様々なアドバイスを頂いた。
「三谷幸喜のありふれた生活」2012-5-11 朝日新聞
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たぶん、こういうことなのだ。他人より美人の人、ほんとの美人、そして凄い美人、美人で芸能界に入った人、さらに芸能界で名前が通っている人の順番で普段我々男性が一般的に経験することから比べると途方もない経験を、彼女たちはしているのだと思う。
しかしそれは良いこと尽くめではないのかもしれない、おそらく悲喜交々のはずだ。さらにそれなりの苦労も背負っているということを意味しているのだろう。ということにしておこう。
学生時代キョンキョンが好きな院生が教室にいたため、教室旅行の際のマイクロバスの中でキョンキョンをみんなで歌った記憶があるがなんの曲だったかは覚えていない。しかしその後リリースされたこの曲はいいな。
http://www.youtube.com/watch?v=NYLGWqDzI14
5月の連休、ちょっとした一泊の遠出を4月の連休に行ったこともあってずっと我が家でのんびりすることにした。サクル・リュスをテーマとした今年のラフォル・ジュルネでは5公演プラス2つの無料公演を聴いた。席はいつものように一番安い3階のバルコニー席ばかりである。初日である3日の日には日本が生んだ天才バイオリニスト庄司紗矢香を聞きに行った。ウラル・フィル・ハーモニー管弦楽団との競演でショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲第一番。研ぎ澄まされた感性で繊細に響くヴァイオリンをショスタコーヴィッチの前へ前へと突っ走るかのようなメロディーに乗せ表現していく。まさに日本の至宝である。
その後、家にいったん帰ったときに、中学時代の友人で現在は東京の青山で住宅建築を主に扱う建築設計事務所を構えるY君からSMSが届いた。金沢で飲もうということだった。早速返信をしたところ夜遅くからでも良いかとのこと。つまり食事は彼の家族ととった後、飲みに行きたいということらしい。あいにく連休中は小料理屋からサロン系の多くはカレンダー通りの営業らしくて、開いているところがほとんどない。仕方がないので大工町から程近いジャズのライブハウスに行くことにした。
席は座ってからしばらくすると次第に埋まってきた。「今日はミュージシャンの方も何名かいらしているようなので」とボーカルのお姉さんがそれらしく振ろうとする。僕たちの壁側の席には銀座でジャズクラブを経営している人たちが金沢観光にやってきたようなのだ。「もしよろしかったら」との声でその気にさせようとしている。
壁側の席から若い女性がステージに出てくきた。「キーはFで」などとピアニストにキーを指定している。「バイバイ・ブラックバード」さすが上手い。観客の心をつかんでいる。ジャズボーカルのマリーンが1980年代に歌っていたのを聞いたときを思い出す。歌だけではなく一つ一つの仕草が愛くるしいのだ。歌が終わるとピアノソロに移るかと思いきやリズムに合わせてタップを踏み出した。気負うこともなくのびのびと歌い、そして踊っていた。
次に壁面に座るメンバーから親父さんが登場した。彼は実に渋い感じて歌いだした。曲はマイ・フーリッシュ・ハート「愚かなりしわが心」だ。ジョニー・ハートマンのように哀愁が漂っていた。
そんな時間を建築家であるY君と建築のマキシマリズムとミニマリズムについて話をしていた。さらに高層建築は同じフロアーの積み重ねなので内部構造は面白くない。住宅建築にこそ建築としての空間演出の醍醐味が存在していると彼はいう。
しばらくしたとき、反対側にすわっていてる女性に話をしてみた。彼女も歌を歌うという。ジャンルは歌謡曲というそれも1980年代のだそうだ。なんだかよくわからない展開であったが、つい3日前に片町の中心にあるファッションビルに自分のお店を開店したという。
銀座からのボーカリストたちも帰り、何名かいた他の客も帰ったとき先ほどの彼女が「私、歌うわ」といいステージに上がっていった。何を歌うのかと思ったら歌謡曲ではなくジャズのスタンダードであるYou'd Be So Nice To Come Home To 。ヘレン・メリルのように多少ハスキーな感じだ。さらにLullaby of Birdlandを歌った。席に戻ってきた彼女に何だジャズも歌うんじゃないというと、「実は私アイドルだったの」という。さらによくわからない展開となる。若くしてアイドルを志した彼女は上京し、テレビやCMの仕事をこなしながら東京の高校を卒業したらしい。今は歌を教えるとともに、ジャズボーカルを練習しているらしい。
「As Time Goes Byなんかいいんじゃない」と言い、カサブランカでこの曲が出てくるのシーンを解説する。彼女はこの歌を知らなかったらしく「メモをさせて」という。イングリット・バーグマンがピアノ弾きのサムに「あの曲」を弾いてという、その歌を聴いたハンフリー・ボガードが「その歌は歌ってはいけないと言ったはずだ」と奥のほうから出てきてそう言ったとき、サムの横にイングリット・バーグマンがいることに気がつく。
http://www.youtube.com/watch?v=7vThuwa5RZU
その後ライブハウスを後にしたY君と僕は、まだ開いている店を求めて片町をさまよったのである。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年04月28日
World Order
中森です。
須藤元気氏が書いた本の腰巻に「自分が変われば世界が変わる」茂木健一郎氏推薦とあったので買ってきて読んだ。須藤氏についてはこれまでまったく知らなかったわけだが、彼は格闘家として有名であるらしい。さらに最近では、World Order というパフォーマンスユニットが世界でブレイクしているという。
この映像をみていると不思議なメッセージが発せられていることがわかるだろう。それはいったい何だろう、世界か、愛か、人類の希望か。
彼が書いた本では須藤氏がネイティブアメリカンの思索と生きる知恵から宇宙観、世界観を学びにルハン・マトゥス氏に会いに行き、「龍の涙」という秘儀を習得するという内容が書かれている。
BOOK OFFでは、お客さんから買い上げそれが店頭に並ぶタイミングによっては思わぬCDが時々見つかるこどかある。しかも500円という破格値だ。またセールによってはその半額で買うことができる。ミッシェル・ペトルチアーニやブラッド・メルドー、ゲーリー・バートンなど有名どころを確保する。ECMレーベルから出ているトルド・グスタフセン・ピアノトリオ。初めて聞く名前だ。2003年にリリースされたというこのアルバム、ECMらしい音作りである。ライナーノーツには次のように書かれている。
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ピアノ・トリオはどこにでもある、スタンダードとなったフォーマットだ。しかしそれゆえにむすかしい。それこそちょっとしたライヴ・バ一で酒を飲んだり、・リラツクスしながら音楽がながれているのに身をひたしたり、に重宝であったりもする。ピアノ、べース、ドラムス、どの楽器も発音したらすぐに音が減衰するという共通の特徴は、もしかすると音が途切れてしまうかもしれないおそれを抱かせると同時に、音楽そのもののはかなさを浮きあがらせすにはいない。
「Changing Places」ライナーノーツより小堀純一著
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ECMはこのように音が消えていく残像を印象として心に刻み込むレーベルだ。例えばキース・ジャレットやヤン・ガルバレク、カーラ・ブレイがそうだろう。トルド・グスタフセンのこのアルバムはキース・ジャレットから唸り声を消し去り、静寂を静謐な中に音として取り込んだような感じに仕上がっている。
さらにもう一人知らないミュージシャンを見つけた。ドン・スリートというトランペッター。ライナーノーツにさえもこう書かれている。「ドン・スリートと言っても殆ど知っている方はいないだろう。彼こそまさに幻のトランペッターである。」録音は1961年Modren JAZZ黄金の時代だ。マイルスはこのころ「Someday My Prince Will Come」を録音している。
「All Members」というタイトルのこのアルバム、サイドマンがすごいメンバーだ。ウイントン・ケリー、ロン・カーター、ジミー・コブ、ジミー・ヒース。強烈な一曲目にぐいぐいと引き込まれる。ジミー・ヒースのテナーがカッコいい。ドン・スリートのトランペットのアドリブもこの時代にしては現代的な音がする。これはきっとドン・スリートが白人なのだからかも知れない。しかし彼はこのアルバム一枚だけを発売して忽然と姿を消してしまった。録音したときはまだ23歳。伸び盛りのころなのにいったいどうしたのだろう。
しばらく聞いていると同じ白人のトランペッターチェット・ベイカーのような当時のJAZZmanたちがみな持っていた個性を感じていないことに気がつく。チェット・ベイカーは白人ながらジャズ界で存在を認められるだけの音楽をアンニュイなボーカルとともに築き上げることに成功した。マイルスがトランペッターとして君臨する中での黒人からの逆の差別というものがあったのかよくわからないが、実力がものをいう世界での熾烈なせめぎあいがあったのだろう。そんなことを考えながら聞いていくと、さっき書いた現代風という意味がわかってきたように感じる。
それはつまりこういうことだ。彼が吹くトランペットには当時のJAZZトランペッターがみな持っていたJAZZのSpititに欠けていると思うのである。演奏自体はカッコいいし決して悪くは無いのだがなんだかのれない。これは実は現代のJAZZ界にも言えることである。現代の演奏家が演奏するJAZZから黒人アメリカンの抑圧の反動から出てきた1950-60年代の音を聞くことはできないのと同じように、ドン・スリートには当時のJAZZをJAZZたらしめていたものが希薄なのだ。
ホテルカリフォルニアの歌詞を思い出した。”We haven't had that spirit here Since nineteen sixty-nine” 1969年に俺たちが持っていたスピリット(精神)は、いまじゃなくなっちまった。
・・・1969年とはウッドストックで大規模な野外コンサートがあった年でありアメリカがベトナムから撤退を始めた年でもある。またサイケデリック・ムーブメントによる自由な共同体という意識が、当時の若者の間でピークに達した年でもあった。
一方、先週の土曜日アマゾンからレナード・バーンスタインの60枚組みのCDが届いた。BOXセットとはいえ10,000円を少し切るぐらいの価格である。マーラー、ブラームス、チャイコフスキーなどの交響曲集だ。これがすごくいい。聞いていると暖かな波動に包まれて幸せな気持ちになってしまうのだ。金鉱を掘り当てたような感じだ。ベートーベンの4番や8番などなじみの無い演奏ほどそれが強く感じる。これまでバーンスタインはマーラーの5番やチャイコフスキーの4-5-6番を持っていたが、ここまで彼の魅力に浸れる演奏は聴いたことがなかった。1960年代の録音なのだが、音源はリマスターされ表現力と重厚さに溢れた仕上がりになっている。録音のバランスが良いからなのだろうかとも思うの.だが、いやいやそんな単純なことではないだろう。これぞバーンスタインがイメージする、音楽の世界なのだと思う。
先日久しぶりに出張に行ったとき、渋谷のタワーレコードでマルタ・アルゲリッチの輸入版であるピアノ曲集6枚組みと協奏曲集4枚組をそれぞれ2,000円程度で買ってきた。音源の価格はどんどん安くなってきている。しかもそれで過去の演奏を追体験できる。Spiritがまだ存在していたころのあのときの音が現代によみがえるのだ。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年04月21日
ソメイヨシノ
中森です。
金沢の桜はピークを多少過ぎたもの、まだまだ美しい花を咲かせている。例年であったら、すでにソメイヨシノからは新緑がまぶしく輝いているころだ。今のような連休を前にした時点であれば八重桜が多くの花びらをゆたかに湛え少しずつ花びらが宙を舞い、自宅の外部から完全に遮断された光庭に舞ってくる頃だろう。
ちょうど一年前の深夜、仙台行きのバスに乗り込んだ。受験生が不安ともに移動するのと同じ心境だ。その年仙台の予備校に通う予備校生がカンニングをした疑いで補導された。しかし僕がバスに乗り込んだときはそんな話題など吹き飛んでしまっていた。レンタカーを借りてたどり着いた石巻高校には桜が満開の時期を向かえ、その堂々たる美しさを辺りに誇っていたものである。金沢に帰って来たときは、近所の八重桜が満開で、場所による季節の違いを実感した。それから一年、今年の季節はそのように例年とは2週間ほどずれているのではないだろうか。
四月から航空機のダイヤが改正されたのであろう、僕がお店に来るまでの間に二機の航空機が着陸態勢をとりながら次々と上空を横切っていく。その間隔は5分からせいぜい10分程度。空に道が描いてあるかのように同一のコースをたどっていく。
今週はいろんなことがあったが、こんなとこだ。思うことも多々あったが沈黙をもって今日はこれまでとしたい。
では
中森慶滋
2012年04月14日
エロティック・キャピタル
中森です。
北朝鮮がミサイルを打ち上げたため世界は批判の声を上げている。
ところが平壌市民がインタビューを売れている姿をテレビで見たのだが、平然として事実を認識しているようで不思議と落ち着いている感じがした。都市部と郡部とでは違うのだろうし、インタビューに応じているのは一部の裕福層なのかもしれないが巷間言われているような悲惨な状況は伝わってこない。
むしろ都市の様子は先進国のように利益を優先とした商業主義に毒されてなく、整然とし清潔感に溢れ、さらに威厳と都市としての美しさが存在しているような気がする。おそらく民族それぞれには違った世界観が存在していて、それに従った世の中が現実として形成されているのだろう。
先日の日曜日本屋さんでカスタネダの本が新装され再び販売されているのを見つけた。カスタネダと聞くと学生時代を思い出し懐かしくなる。カルロス・カスタネダ。そこには呪術師ドン・ファンから教えを受けた様子が克明に記述されている「夢見の技法」などをかって何冊かを読んものだ。今調べてみると「夢見の技法」はすでに絶版となっているようで検索にはかかってこない。
買ってきた本を一昨日読み始めたのが午前0時過ぎであったためか、ページを開いたもののそのまま眠り込んでしまった。昨日、読もうと思ったのが22時前であったものの、キースジャレットのピアノトリオを流しだしたころから、急に睡魔に襲われてしまった。そのためほとんど読んでいない。この本は読む準備ができるまで読み手を拒絶してしまうようだ。
前書きには次のように書かれている。世の中を認識するしかたについてである。
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人類学は世界観がそれぞれの場所でそれぞれに違っていることを教えてくれた。これは各民族がそれぞれ違った習慣を持ち、違った神を信じ、違った死後の運命を予期しているということだけを言っているのではない。むしろ、それぞれの民族にとって世界は違った形をしているということなのだ。哲学の前提そのものが違う。つまりわたしたちの世界と違って、空間はよりユクリッド幾何学に従わず、時間も連続した一方通行的な流れではなく、因果関係もアリストテレスの論理学から抜け出し、人間と非人問の区別も生と死の区別もないのである。わたしたちは人類学者の記録した言語の論理や神話や儀式から、こうした世界をいくらか知っている。
「ドン・ファンの教え」カルロス・カスタネダ著
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幻覚を起こす植物により変容する世界を知覚しその本質を解き明かしていく内容だったと思うのであるが、宗教的、芸術的、民俗学的な知識に接しておく必要があるだろう。まあそんな本が再び発売された。世の中の変革の兆しなのだろうか。
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最近学生たちを見ていて時々思うことがある。学生時代は知識を溜め込み学習するスキルを向上させていけばいい。そのことだけにまず集中するべきだ。しかし社会に出た時点で方向を一変させる必要がある。それが世の中の本音ではないだろうか。感性豊かな少女たちはそのことを十分よくわかっている。まあ、まずは本人の素養をつけた上で取り掛からなくてはならないことも事実であるのだが。
男性でもそうなのだが特に女性では、世の中で活躍するためには資格、訓練、職務経験といったヒューマン・キャピタル(人的資産)そして人脈やネットワークというソーシャルキャピタルも大切であるが、これまで日本やアングロサクソン系では強烈に否定されてきたエロティック・キャピタルの重要性を考える必要があるのだという本を読んだ。この本音に背を向ければ本人の資質があるにもかかわらず不利益になるが、一方それを利用することで道はいとも簡単に開けていくという。
キャサリン・ハキムという女性が書いた本「エロティック・キャピタル」にはこう書かれている。
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金融業界での高給の職を失ったアンナは、新しい働き口が必要だった。食事を制限し、運動を始めて体重を落とし、10歳の若返りに成功すると、美容院で髪を染めて短めの颯爽としたへアスタイルにイメージチェンジ。これで一段と若々しさが増し、活発そうに見える。仕上げに買い物へ出掛けて高級スーツを買い込んだ。スリムになった体を強調するだけでなく、きりっとして仕事のできる女性に見せてくれるこのスーツを着ると自信が湧いてくる。アンナは仕事の面接には必ずこのスーツを着て臨んだ。そして3力月後、コンサルタント会社での新しい仕事を勝ち取り、おまけに給料も以前の5割増しになった。
アンナの職場は民間企業なので、公企業よりも容姿がものをいう。でも、これはアンナに限った話ではなく、誰でも同じ戦略を取れるはずだ。だとすれば、なぜみんながこの容姿という要素に投資して知性や専門知識そして経験を補おうとしないのだろう? 就職を探している人たちは、ソーシヤル・キヤピタル(社会的資産)、すなわち人脈を利用するように助言されることがよくある。けれど、見た目やスタイルを改善すれば同じくらいの効果が得られるかもしれないではないではないか。
美しさ、性的魅力、自己演出力、社交スキル……これらを合わせたものを個人の資産として、私は「エロティック,キヤピタル」と呼ぶことにした。言ってみれば外見の魅力と対人的な魅力が結び付いたもので、漠然としていながらも重要なこの資産に恵まれた男女は、人を引きつけ、同僚として付き合いやすく、周囲の人、特に異性から好意をもたれやすい。
「エロティック・キャピタル」キャサリン・ハキム著
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これまで社会は、道徳性、宗教的性を持ち出し男性優位主義的な考え方から抜け出せずにフェミニストに否定的な立場をとり続けてきた。特に女性はヒューマンキャピタル(知能、学歴、職歴、仕事への情熱)とエロティック・キャピタル(美しさ、エレガントな容姿、服装、優美さと他人を引きつける魅力)の両方を追い求めることは奨励されないという風潮があった。発展途上国ではいまだにそのような観念から抜け出せずにいるが、社会が成熟するにつれジェンダーを磨くことで潤滑的に社会に受け入れられるという側面がつよくなるという。わかりやすい例が次の例だ。
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マリリン,モンローはI962年の死の直前に、ジャーナリストのリチヤード・メリーマンのインタビューを受け、その中で11歳のときに自分を取り巻く環境が一変した様子を回想している。それまでの世界は閉ざされていて、彼女はその外側で生きていたが、やがて美少女に成長すると、突然、閉じていたすべての扉が開かれ、世界は心地よい場所になったという。毎日4キロほど歩いて通学していたが、その行き帰りに周囲の人からにっこりと笑いかけられるようになり、彼女も笑みを返した。それが他人、特に男性との関わり方を変え、スターの座を追い求めるきっかけとなったのである。
「エロティック・キャピタル」キャサリン・ハキム著
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今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年04月07日
薬剤師のレゾンデートル
中森です。
今朝から淡い雪があたりの空間を真っ白く覆うように降っている。4月も第二週にさしかかろうとしているときにこのような雪を見ることができるとは、なんだか幸運を手にしたようで得した気分になる。寒波だけを予想する週間寒波予想のホームページで、今週も嘗め尽くすように上空5,000mには−36℃の寒気が入り込んでくる様子を確認したのであるが、まさかこのような雪になるとは思わなかった。それにしても積雪を気にしなくてもいい雪を眺めていると心が洗われるようで白い世界の美しさに自然の優しさを感じる。
今月の日本薬剤師会雑誌に掲載されていた、「吉矢先生の思い出」を読んだ。偲ぶ言葉にはそれぞれの思いが込められていて薬剤師の歴史や分業が定着するまでの苦労が語られている。最後に佐谷先生がおっしゃられた言葉の中に「薬剤師のレゾンデートルが吉矢先生には存在していた」とある。このレゾンデートルつまり存在価値というバトンを吉矢先生は先輩から受け継いだものを我々に渡された。さらにそれを若い薬剤師に伝えていかなければならないと書かれていた。
この薬剤師のレゾンデートルとはいったい何なのだろうか。まずは我が自身を知ることか大切だ。そしてわきまえること。この点で医療の中で勇み足にならなければと危惧することもある
そもそも医師の先生とどのような距離感でもって接していけばいいのか、その点を考えるてみる。QOLの向上と薬物療法に責任を持ちなさいというファーマシューティカル・ケアの原点に立ちもどる必要があるのではないだろうか。そうすることでレゾンデートルが生きてくるように思う。
なんだか抽象的な文になってしまったが、思い起こせば今は亡き徳久和夫先生はときどきびっくりするほどにそのようなお考えを持たれていたように思ったことがある。ご親戚に医師の先生がいらっしゃる中でのその距離感をそして薬剤師のレゾンデートルを理解されていたのではないだろうかと今になってそう思うのである。
薬剤師が果たすべき職能の中で現在さまざまな試みがなされようとしているわけだが、我々は薬物療法に責任を持つという原点のホントの意味を理解する必要があるだろう。
自由を尊重するリバタリアニズムからリべラリズムを批判したコミュニタリアンのマイケルサンデルは、我々が属するコミュニティーの重要性を訴えた。我々薬剤師というコミュニティーを考えたとき、次の文が思い出される。薬剤師が薬剤師であるがために成し遂げることができる共通善を考えていく必要があるのだろう。それがレゾンデートルではないだろうか。
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コミュニタリアンは、共同体が歴史のなかで引き継いできた「善(共通善)」を大切にします。
それが引き継がれてきたということは、なんらかの「目的」があることになります。
アリストテレスの目的論によれば、「最高のフルートは、最高の演奏者に与えられ」るものでした。それは、フルートがよりよい響きを目的としてもっているからでした。
何かの行為が「善」であるということは、その行為が「名誉に値し、賞賛に値する」からです。
よって正義の基準は、「名誉に値し、賞賛に値する」ものであることになります。人々の心に共通する価値観をめざしていくことこそが「善」なのです。
「深夜の赤信号は渡ってもいいか?」
・・・いま使える哲学スキル 富増章成 著
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話は戻り、春の淡雪を見ながら一昨日の夜クラシツク・レーベルDECCAの50枚組みの中の一枚を手に取ったのを思い出した。輸入版のためそこには「LE SACRE DU PRINTEMPS」とだけ書かれている。STRAVINSKYの作曲というのはわかるのだが、いったい何の曲なのだろうとかけてみた。何だ「春の祭典」かと思う。調べてみるとSACREは神聖なとか聖壇、PRINTEMPSはプランタン銀座にあるように「春」を意味するらしい。 演奏を聴くと強烈なリズムの中で春を呼ぶための儀式が繰り広げられるのが目に浮かんでくる。そこでは若くて美しい女性が生贄にされているのだ。
そのあと深夜になってサラボーンのジャズボーカルが聞きたくなったので、かけることにする。彼女の歌は1950年初期からせいぜい1957年録音のころまでが純粋な乙女の歌声のようで好きだ。「HOT JAZZ」(1953年録音)や「In The Land Of HI FI」(1955年録音)そして名盤「Sarah Vaughan With Clifford Brown」は1954年の録音。これらを聞き比べてみるとやはりこのアルバムは秀逸の出来であることがよくわかる。ここでClifford Brownはテクニックを決して披露することはせず、彼女のバックミュージシャンとしての役割を見事に演じている。ヘレンメリルと共演した名盤を聞いてもClifford Brownのすばらしさがよくわかる。Charlie Parkerは「HOT JAZZ」の冒頭こそParkerのフレーズを出しすぐに彼と分かる演奏をするもののその後は存在感を消している。
BILL EVANSもそのようにサイドメンとしての才能がある。彼が共演した1958年ごろのマイルスのリーダーアルバムでは、すばらしいぐらいにバッキングに徹している。
一方1950年代初期のマイルスデイビスは何度かソニーロリンズと共演している。「BAGS GROOVE」「Miles Davis Collections Item」「Birdland」など。ここではマイルスのソロよりもソニーロリンズのソロの方の上手さのほうが引立っている。そのせいかどうかは分らないがマイルスはソニーロリンズとの共演はなくなり、その後コルトレーンと録音するようになる。しかしコルトレーンはバリバリ吹いているにもかかわらず不思議とマイルスとはぶつかることがない。不思議な感じだ。
ここにJAZZのレゾンデートルがあるのかもしれない。
今日はそんになとこです
では
中森慶滋
2012年03月31日
新たなる出発
中森です。
ここに来てあわただしくなってきた。調剤報酬も改訂されることもあり、レセコンの対応に時間がとられる。
昨日、そういえば薬剤師国家試験の発表はいつごろだろうかと思い出したため、Webで調べると30日とある。なんと今日ではないか。時間は10時頃だろうかと思いきや14時に発表。掲示板等々によると現役生はほとんど合格との手ごたえなどと書かれていたので、昨年うちで実習を受けた実習生はみな優秀だったので全員が合格したのだろうと思っていた。しばらくすると日薬のメーリングリストで概要の発表が届く。
そうしたときに約2年前に実習に来た実習生がやってきた。「今のタイミングで来るということは、無事合格したということかな。」という。彼女は県外に就職するという。すっかり僕は親の立場になってしまっていて、親は心配するだろうなとなんだか神妙な気持ちになる。でも彼女ならどこで働こうとも周りからの信頼を集めうまくやっていけることは僕が一番よく知っている。それだけにすばらしい実習内容であった。こんなことにも彼女なりに感じることがあって、その本質を理解しているのだと、レポートを見てうれしくなることが多々あった。
そして今朝、息子たちが二人ともそれぞれの道に向かい出て行った。それはそれでいいのだが、なんだか寂しいものである。明日から日本薬剤師会の生涯学習システムJPALSが始まる。われわれもうかうかしてはいられない。激変していく医療の世界に取り残されないよう、自律的学習態度が必要とされるのだ。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年03月24日
兼六園
中森です。
先週の土曜日に我が中森家の4人で家族写真を撮ろうということを一方的に宣言した。息子たちは面倒くさがるかと思いきや、このことに関して誰も何も意見を言わずあっさりと了承された。それでなくても父親は子供のようでしっかりしていないので、普段から波風の立たない家庭ではあったが、彼らの思いもあったのだろう。今、過ごしているこの時の瞬間を記録しておいても良いのではと考えたのかも知れない。写真館で撮るのはなんとなく仰々しいし、だからといって家の前では素っ気ない。
しばらく考えた後思いついたのは「兼六園」へ行こう、という案であった。土曜日、家に帰ると息子が置いたのであろう、兼六園の写真屋さんを紹介してあるHPを印刷したものがダイニングテーブルの上にあった。兼六園での撮影とは、金沢を象徴する風景を背にしての撮影というべきか、この地に住んだものがみなイメージする徽軫灯籠の前での撮影である。
日曜日の午前一番に日曜当番である店舗に顔を出した。店に入りしばらく雑談をしていた。交差点の角に警察が立っていた話をすると、今日は金沢シティーマラソンが開催される日で、店舗横の通りは金沢シティーマラソンのコースになっているという。「あっランナーが来た」と、フルマラソンを走ったこともあるというAさんの声に外を眺めるとランナーがすごいスピードで通り過ぎていった。その後もポツリ・ポツリとランナーがやってきては走っていく。それぞれに走り方があるようで後続のランナーたちは多少個性的だ。
その後いったん家に帰り家族を車に乗せ兼六園へと出発した。雨が降ってこないよう祈りながら曇り空を見上げた。駐車場に着くとすでに大半が埋まっていたが空きスペースを見つけるのに時間はかからなかった。それにしても車のナンバーを見てみると全国から観光にやってきているようで、中部、関西、東北そして関東と広範囲のナンバーを確認することができる。
屋内駐車場から外に出て少し歩くと石川門が見えてきた。道は少し坂になっている、この坂と石川門との角度が絶妙な美しさを演出している。この瞬間を記憶にとどめようとしばらく眺めていた。
石川県民は入場料金を免除されるというので料金所では、それぞれが運転免許証などを提示する。県民が優遇されていることでよけい兼六園に親近感を持つ。玉砂利を踏みしめながら坂を上る。茶屋を左手に見て上りきると右手に徽軫灯籠が見えてきた。ああここが僕の美意識の原風景なのだと思う。カメラを持った人が何人か出番を待っていたので早速お願いする。一人一枚なので4枚焼き増ししてもらうことにする。観光客が気軽に撮影してもらえるように設定しているのか、プロのカメラマンが撮る割にはとてもリーズナブルな価格である。「どこから来られたのですか」と聞かれる。こんなとき時々僕はとんでもないことを言い出し家族からの失笑をかう。「中国福建省からです」なんてことは言わなかったが、以前レストランで順番待ちの名前を書くときに「ナンシー」とか「ゴンザレス」などと書き、「では順番お待ちのゴンザレス様」と係員が読み上げたときその場で待っている全員の注目を浴びたものである。
一方ボーリング場では僕がかってに名前をつけ「ジョージ」「エリザベス」「ドミンゴ」「けいぴちゃん」などと表示されていた。息子たちはむしろこれを楽しみ、途中で順番がわからなくなり、ジョージは僕のことかとあわててボールを投げに行ったものである。
今回はちゃんと「金沢在住です。家族で記念の写真を撮りに来ました。」というと、カメラマンはとてもうれしそうな顔をした。
徽軫灯籠前には多少の列が出来ていて、それぞれが思い思いに写真を撮っている。流れに沿って歩いてくださいとのカメラマンの声にゆっくりと歩みを進める。我が家の順番となる。4人が横に並んで建ち背景に灯篭を配する構図。カメラマンは二度カメラのシャッターを切った。
コメントを入れられるというので少し考えてから一文をお願いしすると、出来上がるまで40分ほど時間がかかるという。そこで簡単に散策することにした。おそらく観光客にはちょうど良い庭園を散策する時間を見込んでもらうようになっているのだろうと思う。
久しぶりに歩いてみる。それにしても立つ位置によってさまざまな風景を見ることができる庭園であると思う。内橋亭や時雨亭など瀟洒な建築物を池のほとりに眺めることができる。サザエののような栄螺山。辰巳用水から引かれた水を滝にして落としている翠滝。こう書いて「みどりたき」と読むらしい。
その後一旦公園の外に出て茶店通りの一軒の二階に上がりお昼を食べることにした。定食の中には金沢らしく治部煮のお椀が入っていた。ゆっくりとお城を眺めながら食事をした後、再び入場し徽軫灯籠前の写真屋さんまで行くことにする。途中スカーフで顔から首を覆った女性とすれ違う。アジアのイスラム圏から来たのかもしれない。彼女の瞳にはどんな風に兼六園が写ったのだろう。
写真はとてもきれいに仕上がっていた。不思議なことに周りに他の観光客が写りこむことはなかった。修正でもしたのだろうか。
その日他の用を済ませてから自宅に戻った。家が見えてきたとき、僕の書斎の窓に人がいたように感じた。「誰かいてこっちを見ていた」と僕が言うと。「そんなことはないだろう」とみんなが言う。しかし確かに誰かがいて窓から僕のほうを見たように思ったのである。家に入り階段を上がり急いで書斎にかけ込む。部屋の中の空気は締め切ったままのどんよりとしたもので、他に気配はまったくなかった。先ほど見たのはたぶん僕の思い違いだろうと思う。
その日夜遅くまで書斎で本を読んでいた。外を眺めると月が出ているのに気が付いた。窓から道路の方を見てみると、僕が乗っている車種と同じ車が走ってくるのがわかった。色も同じである。しばらく目を凝らして見てみると、なんとなく自分が運転しているように見えた、きっと見間違いだろうと思い椅子に座りなおして本の続きを読み始める。5分ほど経ったときであろうか、階段を上がる音が聞こえてきた。なんだか急いでいるようすである。こんな時間いったい誰なのだろうかと思う。
その時、ドアが開いた。それは・・・・・・・。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年03月17日
免疫の反逆
中森です。
吉本隆明氏が亡くなった。学生時代には吉本氏の難解な書籍を分からないなりに読んだものである。「共同幻想論」や「マスイメージ論」またフェリックス・ガタリやボードリヤールとの対談も読んだ記憶がある。NHKのドキュメンタリー番組で吉本氏を見たのを思い出す。
今朝の朝日新聞には次のようなコメントが載せられていた。
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吉本さんの有名な一節がある。井の中の蛙は井の外に虚像をもつかぎりは、井の中にあるが、井の外に虚像をもたなければ井の中にあること自体が「井の外とつながっている」。
朝日新聞 3月17日
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ここ最近1950年代のmodern jazzばかり聞いている。SPレコードからLPレコードに移行してさらにステレオ録音となったころのアルバムである。ミュージシャンごとにアルバム8枚をそのまま2枚づつ組み合わせ4枚のCDにまとめたものが1120円とお買い得で販売されている。音源はリマスターされ、それほど昔に録音されたものだとは到底思わないほどの内容だ。この時代の音が実に心地よく今の僕の感性と共鳴する。そしてそれはジャズが隆盛していく過程でのパワーに溢れているのだ。
オスカー・ピーターソン、マイルスからレッド・ガーランド、ウエス・モンゴメリー、サラ・ボーン、などなど。これまであまりメジャーになっていない彼らのアルバムも含まれているため、新しい発見も多い。マイルスのプレスティッジのアルバムではアルバムを製作しようと意欲を感じられないものにリラックスした素顔のマイルスを垣間見ることができる。
MJQのアルバムOdds Against Tomorrowも聞いた。明日に賭けると訳すのだろうか。その中にMJQのピアニストである美しいジョン・ルイスの曲Skating In Centralparkが収録されていた。スタンダードとしてそれほど有名ではないが懐かしく聞く。この曲はBill Evansの録音にもあったはずと思い探してみる。ジム・ホールとの競演した名アルバムUnder Current に収録されていた。
このように多くの才能が創出された50年代。やがてひとつのピークを迎える。それがMiles DavisのKind Of Blue。モダンジャズの頂点を極めるアルバムである。このアルバムを超えるアルバムは見当たらない。
そのあまりにも比類なき完璧なアルバムであったせいかこの後JAZZは様々な試みを繰り返すことになる。モードJAZZからボサノバとの融合、ロックとの融合、コルトレーンは精神性との融合を音楽で表現した。もっとも50年代のコルトレーンはその片鱗を見せない若干不安定なソロを見せている。彼よりもむしろソニー・ロリンズの方がモダンジャズとしては洗練されたビ・バップを聞かせてくれる。しかしコルトレーンはBalladという名盤を世にだしてから快進撃を繰り広げていく。そんなコルトレーンやマイルス、そしてスコットラファロとの絶妙なインタープレイを録音したあのころのBill Evansなどとは違った楽しみ方が50年代のアルバムには存在していた。
先週はレイチェルカーソンの「沈黙の春」が批判されているということを書いた。
「沈黙の春」で彼女はDDTが環境を破壊しそのことで生態系が崩れ虫たちがいなくなりさらにそれを餌とする鳥もいなくなる、やがて春が来ても鳥が囀らない沈黙の春を迎えることになるだろうと。
その後DDTは使用されなくなったが、そのために人間には無害だったはずのDDTがアフリカ諸国でも使用を禁止された。その結果多くのアフリカ人が命を落としたのではないだろうかと今度は逆にレイチェル・カーソンが批判されているという内容である。
ところがここにきて彼女が主張した環境汚染は密かにわれわれの免疫機能を犯し続けているという。先日「免疫の反逆」ドナ・ジャクソン・ナカザワ著を読んだ。冒頭では次のように書いている。
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40年前、レイチェル・カーソンは自身の著書「沈猷の春」の中で、化学の時代がいかに環境を変化させ、人間と共生する多くの種の繁殖や生存を脅かしてしまったかを明らかにした。環境汚染が動物や人間の健康を変えてしまうことがあるという考えに、当時は激しい反発があった。それは今も変わらない。実際、環境汚染が免疫システムを混乱させる原因であると研究者の多くが結論づけるまでに、数十年を要している。本書はこの「不都合な真実」にスポットを当てる。各章を読み進めていく中で、工業化がもたらした環境の変化やわたしたちのライフスタイルが、いかに免疫細胞を混乱に陥れているかを理解していただけるなら、これほどうれしいことはない。
「免疫の反逆」ドナ・ジャクソン・ナカザワ著
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近年自己免疫疾患が先進国の間で急増しているという。
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けれども、こうした研究者たちと話をするうちに、ことはそれほど単純でないことにすぐに気づいた。自分の病気など、顕在化している世界的な健康危機のほんの一角にすぎない。わたしが自己免疫との闘いに明け暮れていたちょうどそのころ、自己免疫疾患の発症率が警戒を要するほど上昇していることを裏づける論文が、世界各地で相次いで発表された。2005年には、「自己免疫疾患研究の進歩」と題する報告書が国立衛生研究所(NIH)から発表され、アメリ力では今や2350万人、アメリカ国民の12人にひとりが自己免疫疾患に罹患し、理由は不明だが、世界中で患者数が増加していることが明らかになった。現在わかっている自己免疫疾患は、多発性硬化症、1型糖尿病、関節リウマチ、筋炎、全身性エリテマトーデス(本書では、以下ループス)、強皮症、甲状腺炎、グレーブス病、潰瘍性大腸炎、クローン病、重症筋虹力症、その他80あまりの疾患を含めた100近い数にのぼる。統計を見れば一目瞭然である。西欧諸国では過去40年間に、ループス、多発性硬化症、1型糖尿病、その他一連の自己免疫疾患の発症率が二倍や三倍に跳ね上がっている。しかも厄介なことに、食物アレルギーやぜんそくなど、免疫システムが過敏反応を起こす他の関連症候群と同様に、子供の間で発症率が劇的に上昇している。診断技術の向上や病気への認識の高まりだけではこの患者数の激増を説明できない。それほど先進国では、この病気に直面している人の数が増加しているのだ。
「免疫の反逆」ドナ・ジャクソン・ナカザワ著
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その理由のひとつとして環境ホルモンによる汚染を挙げている。
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この急増の根本的な原因が環境にあることは、世界中の科学者の認めるところである。自己免疫疾患発症リスクのうち三分の二は環境誘因を通して後天的に得たもので、もともと身に備わった遺伝的リスクは全体からするとかなり小さいことが、双子を対象にした研究によって確認されている。この10年間に、日常的に使用されている工業用化学物質、重金属、毒物が多くの自己免疫疾患の発症と関係していることも世界各地で立証されている。多くの産業副産物が免疫細胞と互いに作用し合うと、健全な細胞間コミュニケーションのための驚くほど精巧な設計図が台無しになってしまうのだ。先進国で患者数が増加の一途をたどっているという暗瘡たる状況を前にして、この世界的傾向を逆戻りさせることが、今や、急務となっている。
「免疫の反逆」ドナ・ジャクソン・ナカザワ著
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http://www.amazon.co.jp/dp/4478013381
今日はそんなとこです
では
中森慶滋
2012年03月10日
奇妙な数字
中森です。
理科系の職業のを生業とするものが大概読んでいる本といえば、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」やV.S.ラマチャンドランの「脳の中の幽霊」最近では、福岡伸一氏の「生物と無生物のあいだ」であろうか。それと同じように環境保護のバイブルともなっているレイチェル・カーソンの「沈黙の春」も挙げられよう。
先日の朝日新聞の書評には「世界を騙しつづける科学者たち 上・下」ナオミ・オレスケス、エリック・M・コンウエイ著が紹介されていた。それによると「沈黙の春」がいまネット上で徹底的に非難されているという。レイチェル・カーソンの説は間違っていてナチスやスターリンよりも多くの人を殺したと。なんだか雲行きが怪しくなってくる。
「沈黙の春」といえばDDTを始めとする農薬などの化学物質の危険性を、鳥達が鳴かなくなった春という出来事を通し訴えた作品として有名だが、この本では別の角度から彼女が発した警鐘を非難していると福岡伸一氏は次のように書評で書いている。
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殺虫剤DDTは当初奇跡の化学物質に見えた。即効性があって、効果も長持ちする。なのにヒトには害がない。しかし効き目があるからこそ、生態系の平衡を崩していた。分解されにくいDDTは昆虫の細胞内に残留し、次の捕食者に移行して、生殖組織まで害するのだ。食物連鎖による生物濃縮。それは最後には鳥がさえずることのない季節をもたらす。
(略)
主張はこうだ、カーソンの警告によってDDTが40年前に禁止されたせいでその後何百万人ものアフリカ人がマラリアで死んだというのだ。ひるがえって、DDTで直接死んだ人はほとんどいない。人間の生命よりも環境の方が大事だという考え方は誤りだと。
(略)
科学的な問題のほとんどは、科学の問題ではなく、実は科学の限界の問題である。本当に危険があるのかどうか、今すぐにはリスクを立証できない問題。その時私たちはもっと研究が必要だとして立ち止まるべきか。それとも行動を起こすべきかそこに懐疑の売人につけいる隙ができる。
(略)
私たちも、科学をめぐる議論の真っただ中にいる。今こそ真偽、善悪そして美醜の基準を確かなければならない。カーソンをために非難することは、科学的に間違っているばかりではなく、悪意に満ち、醜い行為なのである。
福岡伸一評 012年3月4日朝日新聞
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さて話題は変わって、不思議な数字というものを目にした。
先ごろ発表された調剤報酬の改定のうち「在宅薬剤管理指導業務の一層の推進」という項目では在宅訪問可能な距離の目安を新たに設定した。
【患家までの距離が遠い場合は緊急時に患者の不利益も予想されることから、16kmを超える場合には、原則、算定不可とする。】
ここに提示されている16kmという数字の根拠は何なのだろうか、とても中途半端ではないだろうか。10km、15kmもしくは20kmとした方がわかりやすいと思うのは僕だけだろうか。13kmとするよりも良いでしょといわれてもなんだかしっくりこない。16km以内というのは移動距離なのだろうか、直線距離なのだろうか。敷地の一角との距離でいいのだろうか、それぞれの玄関の間での距離なのだろうか。
おそらくこういう場合は深く考えてはいけないのだ。ここでは誰かが数字を決定しなければならないから、ただ決定しただけのことなのだ。直線距離か移動距離かは、何らかの指導があった場合それぞれの立場にとって有利な方を主張することで解釈がなされていくのだろう。
そもそも米国にはさらに奇怪な数字が存在している。35歳未満の者が大統領選挙に出馬する場合14年間アメリカ合衆国市民であることとなっている。この14というのはいったいどんな基準で決められているのだろうか。宇宙飛行士の向井千秋さんの夫である向井万起男氏も疑問を持ったようで「謎の一セント硬貨」向井万起男著の中で、各方面に質問のメールを出した。
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「で、一つ質問があります。貴国の憲法では、大統領の資格を定めています。『生まれながらに合衆国市民であること・・』私には、この資格に理解できない点が一つだけあるのです。14年ということです。どうしてこんな半端な年数なんでしょうか? どうして10年、15年、20年といったキリのイイ年数ではないのでしょうか? お返事を頂ければ幸いです」
「謎の一セント硬貨」向井万起男著
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帰ってきた返事は、やはりよくわからないというものであった。
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「オレはホントに知らない。でも、14が奇妙な数字だというなら、他にも思い出して欲しいことがあるなぁ。オレたちの憲法じや、下院議員は7年間合衆国の住民であることが必要ってことになってんだぜ。上院議員の場合は9年だ。どれも中途半端な数字だろ? 憲法に書かれている半端な数字は14だけじやないんだよ。オレが想像するに、憲法をつくった時に、もっと長い年数にしたかった人と、もっと短い年数にしたかった人との間で協議して、14年で妥協したんじやないかなぁ。そうそう、もう一つ言っておかないといけないことがあるな。昔から続いているオレたちアングロ・サクソンの伝統を思い出す必要があるんだよ。変ちくりんな数字の伝統だ。いいかい、オレたちアングロ・サクソンの馬鹿げた計測法を考えてごらん。12インチがlフィート、5280フィートがlマイル、16オンスが1パイント、8パイントがTガロンなんだよ。それから、陪審員は12人だ。どれもこれもへンテコリンだろ。それから、最後に言っておくけど、オレたちの国の選挙権は今は18歳からだけど、憲法ができた頃は21歳からだったんだ。となるとだね、14って、ちょうど21の3分の2になってるじやないか」
「謎の一セント硬貨」向井万起男著
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今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年03月03日
ヴァネッサ・レッドグレイヴ
中森です。
昨夜、リビングに置いてあるのを見つけたDVD「つぐない」という映画を見た。タイトルからは牧村三枝子の演歌の世界を想像させられるものの、Atonementという原題を持つイギリス映画である。1935年のイングランドを耽美的に映し出す映像でストーリーが語られていく。
ブライオニーは子供のころから文章を書くのが好きだった。18歳になりケンブリッジへの進学をあきらめたものの看護師として働きながら、少女時代の体験を文章にすることで、作家の道を歩みだす。
ここまでで映画の大半の時間が使われる。そして最後の数分間時代は現代に移る。今回が21作目で、自分にとって最後だという小説のインタビューを受けている映像が映し出される。
年老いたブライオニー役を演じるのはヴァネッサ・レッドグレイヴ。「ジュリア」やアガサ・クリスティーの失踪事件を映画化した「アガサ愛の失踪事件」そしていまや大女優となったアンジェリーナ・ジョリとは「17歳のカルテ」で共演している。ジュリアやアガサで彼女の演技に当時心を奪われていたものだが、今回の演技も短いながら彼女の存在感は見るものに迫ってくる。
映画で彼女はこれまで語られなかった真実を話し出す。まさに老齢期に入った彼女の目の輝きには若かりしころよりもさらに大女優として、いや人として何十にも重ねられた人生の本質を見抜いているようだ。
先日の日曜日日本薬剤師会の代議員会が開催された。二日目の午後は会長選挙と予定されているものの立候補者は一名だったので信任の採決のみが行われた。そのためあっさりと13時30分頃には議会は終了となる。2時間ほど時間ができたので東陽町四つ目度通りにある会場のホテルから近くにある、東京都現代美術館に行くことにする。
やはり現代美術館となると日曜日の東京とあっても観客は少ないため、現代美術館が持つゆったりとした空間の心地よさを楽しむ。展示コーナーには僕一人という時もあった。そのため作品と自分だけに流れる時間を楽しむことができるのだ。
福島秀子展を見る。これはこの美術館のコレクション展である。1950年代に活動したという実験工房での作品。さまざまなメディアを使った映像作品や舞台装置を手がけたという福島秀子。それだけに当時存在していたいろいろな画家の影響を受けているのではないだろうかと感じる。ミロ、シャガール、ピカソ、イブ・クライン、ジャクソン・ポロックなどと似たような絵画。これは現代美術というよりも近代美術と言うべきなのではないだろうかと思う。とりわジャクソン・ポロックに似たような彼女が描いた絵に関してはあまりにもジャクソン・ポロックそのものだったので、彼の活動時期を確かめようと学芸員に聞くのだがアルバイトだったようで知識はなかった。
もしこれが彼女のオリジナルだとしたらすごいことだと思ったのである。家に帰り最近読んだ本を取り出してきた。2012年2月10日発行の本。本物とはどのようにしてそれが本物として認められるのか、その現象を分析した本である。ジャクソン・ポロックについての記述もあったので引用してみよう。
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そればかりではない。ポロックの例を見ても分かるように、こういう芸術作品のクオリティに関する私たちの相反する直感は、パプォーマンスに対するそれぞれの見方から生まれると言っても過言ではない。創作の基盤となっている能力を高く評価できなければ、似非芸術に思えて、喜びなどまったく感じない。感じるとすれば、ばかにしてあざ笑う喜びくらいのものである。私たちは、マンゾー二の作品に対しては、レンブラントに対するようにほ反応しない(ただし、マンゾー二のために一言付け加えておくと、テート・ギヤラリーのウェブサイトに掲載されていた考察によれば、ウンチを缶詰にして保存するのは驚くほど難しいことだそうだ)。喜びを感じるには、芸術に幻惑されるという考えに幻惑される必要があるのだ。
「喜びはどれほど深い?」ポール・ブルーム著
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芸術は独創性かパフォーマンスかということなのだろうが、福島秀子のポロックのような絵画は、美術作品としての水準はあるものの作品そのものを評価すべきなのかどうかはよくわからない。
さらに、ポール・ブルーム氏は次のような事例を挙げている。
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創作の根源にあるもの
二〇〇七年一月一二日の朝、ワシントンDCのある地下鉄駅構内。ジーンズと長袖のTシヤツに野球帽を被ったひとりの青年が、ヴァイオリンをケースから取り出した。空のケースを前に置いて、見せ金のつもりか、数ドルと小銭を投げ入れる。それからの四三分間、一000人を超える人々が行き交う中で、クラシックの名曲六曲を弾き続けた。
この青年、その辺のストリート・ミュージシヤンとはわけが違う。彼はジョシュア・ベル。世界屈指のヴァイオリニストである。演奏していた楽器は愛用のアントニオ・ストラディヴァリ、一七一三年作、三五O万ドルの名品だ。ほんのニ、三日前の晩にはボストン・シンフォニー・ホールでコンサートを開いた彼が、通勤客の前に立って小銭稼ぎをしている。実はこれ、「ワシントン・ポスト」紙の記者ジーン・ワインガーテンが仕掛けた実験だった。狙いは“一般人の鑑賞力を瞬きせずに観察する”ことにあった。偉大なる芸術に、そうとは知らずに日常のありふれた光景の中で遭遇した時、世の人々はどう反応するだろう?
無反応。ベルの前を通り過ぎた通勤客は一000余人、稼ぎは三二ドルと少々だった。悪くはないが、たいしたものでもない。通勤客は自分の耳に流れてくる音色に無頓着だった。ワインガーテンの記事に紹介された、ワシントン・ナショナル・ギヤラリーのシニア,キュレータ卜マーク・ライトハウザーのコメントによると、この無頓着さは音楽に限ったものではないらしい。
「喜びはどれほど深い?」ポール・ブルーム著
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このあと絵画についての贋作やパフォーマンスについて芸術とそうではないものの区別か幻惑かについて語られる。
最後に次のような面白い挿話が書かれていた。
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この点をうまくとらえたエピソードが、今や古典となっている有名なテレビ・ドラマ・シリーズゴトワイライト・ゾーン(訳注:日本では「ミステリー・ゾーンとして放映」にある。暴れ者のチンピラが死んだ。ふと目覚めると、望みがなんでもかなえられる場所にいた。俺は天国に来てしまったのかとびっくりするが、なんでも望みどおりになるのだから、最初のうちは素晴らしい時を過ごす。ところがやがて、退屈で欲求不満に陥り、どうにも我慢ならなくなる。そこで、一か月が過ぎた頃、執事のような案内役に尋ねるのだ。「よう、ここは天国じゃねえのかよ?別の場所に連れてけよ」。案内役は答える。「いったいどうして天国だとお考えになったのでしょうね、ヴァレンタインさん。ここは地獄なんですよ!」。ここでキュー出し・・・ 狂ったような哄笑
「喜びはどれほど深い?」ポール・ブルーム著。
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今日はそんなとこです
では
中森慶滋
2012年02月18日
Antonio Lucio Vivaldi
中森です。
今朝の金沢は昨夜遅くに降った雪が街頭の木々を白く覆い美しく輝いている。こんな感動を与えてくれるのも自然とともに生きる雪国の恩恵なのだろう。
そんな凍るような風景の中では後期バロック音楽がとてもよく似合う。車の中で流すと、音楽と情景とが共鳴してくる。J.Sバッハをはじめとしてスカルラッティ、テレマンなど。特にAntonio Lucio Vivaldiには今ぞっこんの状態だ。I’ve Got a crush on Vivaldi である。シンプルな楽曲構成とはいえ背面に流れるハープシコードが上品に煌びやかさを加えている。さらに生来のJAZZ FANとして言えることなのだが、Vivaldiには不思議なスイング感が流れている。気持ちをそれに同調できたとき、心地よいそして優雅な雰囲気に包まれる。最近40枚組みのVivaldiだけを集めたBOX SETを購入しそれを一枚ずつ聞いている。次は何を買おうかなどと悩みながら楽しんでいる。
かってジャズもクラシックもまったく知らなかった高校生時代、朝起きるときにFM放送にタイマーをセットして目覚めていた。そんな毎日流れたのは朝のバロック音楽の番組であった。そのときの深層のイメージが僕の中に寝っていたのかもしれない。
JAZZには様々な音楽のパターンや演奏形態はあるものの、クラシック音楽ほど種々のスタイルを高レベルの演奏家の音楽性で楽しめるジャンルはないのではないだろうかと思う。JAZZを聞いていると時々いかがかなと思わせるフレーズを弾くミュージシャンがいて、そのたびに興味が削がれることがある。
後期バロックをしばらく聞いていたあと、ショスタコーヴィッチを聞くとソ連の体制による抑圧を感じ、プロコフィエフのピアノ協奏曲には極めて現代的な感性を感じ、さらにオリビア・メシアン、フィリップ・グラスのミニマル音楽を聞き、武満徹を聞くと現代という時が生み出す現実の中での美しい瞬間を思い浮かべながら宇宙の彼方まで精神を高揚させることができる。
その後ラビィ・シャンカールのシタールで気持ちを沈静化へと向かわせ深い深い深遠へと降りていくのだ。
先週は実務実習の日本薬剤師会全国会議。明日は生涯学習の日本薬剤師会全国会議、来週は日本薬剤師会の代議員会と休みがまったくなくなっている。これらの前後の週も委員会でつぶれているので自分を取り戻す時間がない。せめて夜中に書斎でVivaldyかBrad Mehldauを聞いているしかない。2-3日ゆっくりと休める日が欲しいのだが、難しいだろう。
移動が多い中飛行機の席番が不思議とA番が何回か割り与えられていた。それは進行方向に向かって左側の窓際である。あるとき、飛行機を駐機場から押し出すトーイングトラクターがその役目を終え飛行機から切り離されたときトラクターの乗務員が車から降りて2名整列して飛行機に向かって手を振っているのに気がついた。
窓からは乗客の様子は彼らには見えないだろうと思ったものの夜間だったので影は映るかもしれないと思った。そこで手を顔の前に手を持っていき、振り返してみることにした。2-3秒ほど手を振っていたとき、右側の人が気がついたようで、大きくお辞儀をしてそれまでゆっくりと大きく手を振っていたのを小さく小刻みに振ってくれた。また別のときは、右手で大きく手を振っていたのを、僕が手を振っているのを見つけたのか、両手で手を振ってくれた。心が和む瞬間である。
手を振り返してくれたのを見たときどういうわけかある小説を思い出した。しかしストーリーをなかなか思い出せない。しかも誰が書いた話だったかも思い出せない。しばらく考えていた。夫を亡くした未亡人とその娘の話だ。次第にストーリーを思い出してきた。
夫を亡くし未亡人となって久しい女性がある男性に惹かれていく。夫を亡くしたあと本気で愛した男性であった。男性もまだ同様であった。彼は離婚を経験していたので罪悪感を抱くことはなかったしすでに年頃となっていた娘も喜んでくれた。
あるときコンサートに男性と出かけることになった。しかし当日になって急に熱が出てしまいどうしても行けなくなってしまった。高額なチケットだったので、男性が一人で行くのも何だからと娘が母親の代わりに男性とコンサートに出かけることになった。ただ純粋に音楽を楽しんでこようと。その日の夜、コンサートが終わりとっくに着くであろう時刻を過ぎても娘は帰ってこなかった。遅く娘が帰ってきた時、アルコールの匂いがした。母親は不穏な悪い予感を感じるが、男性を信じそんなこともあるだろうと納得しようとする。
それから何度か男性とデートをするのであるが次第によそよそしくなっていく。娘の帰宅時間も不規則になっていく。
母親の悪い予感が当たることになる。あるとき娘から男性と結婚したいといわれショックをうける。自分が愛した人だからと無理やり母親は理解しようとする。
二人は結婚をしやがて子供が生まれた。子供を抱いて娘がやってきた。子供がむずがりだしたのを見て娘は母乳を与えるために胸をはだけた。その姿を母親はじっと見ていた。
ここからの展開が衝撃的である。
次の日の朝。なかなか起きてこないのを心配して娘が母親の部屋を見に行った。間違ってか意図的かはわからないが、過量の睡眠薬を服用したようで、母親は冷たくなっていた。
という話である。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年02月04日
生きるためのエネルギーが放出されている瞬間
中森です。
寒波はすでに過ぎ去ったものと報道されている割には、今朝の金沢はこれまでになく雪が積もっていた。とはいえ豪雪地帯の積雪量に比べたら「あっ、そんなもの」と言われそうである。十日町では3m近い積雪があるようだし、青森の酸ヶ湯では4m14cm(現在)となっている。いつまで続くのだろうか。
今週は薬剤師会の会議をはじめとする他の会議もほとんどなかったため、ゆっくりと自分の時間過ごすことができた。そんなある日手にしたのは「美術手帳」の2月号。特集は松井冬子である。彼女の絵から魑魅魍魎という言葉が浮かぶほどにショックを受ける。「死と狂気の闇から生を照らし出す」彼女自らナルシシズムに充ちた自画像を描いている中に、本質的な精神性が読み取れるような気がする。それは・・・、「命の腐敗」なのではないだろうか。
特集の冒頭には次のように書かれている。
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幽霊、臓腑、朽ちゆく花、狂気・・・・。
彼岸と此岸の境界を浮遊する魂を、
日本画の古典技法によって描き、衝撃と
ともに人を惹きつける画家、松井冬子。
10年にわたる活動の集大成としての個展
「世界中の子と友達になれる」は、
狂気や死を間近にした人間が放出する
エネルギーに充ちた世界を呈している。
現代社会において生のリアリティーを
問う松井作品の魅力とは何か。
新作、日本初公開作から代表作までを
紹介し、その全貌に迫る。
「美術手帳」2012年2月号
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特集に組まれた彼女のインタビューは次のように続く。
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苦しみの頂点ではなく、
その一歩手前だから美しい。
それが私の心を捉えます。
・・・・・・・・・・・
自分が壊れるかもしれないという、
死に近い状態で、生きるための
エネルギーが放出されている瞬間、
その禍々しさに魅力を感じます。
松井冬子 談 「美術手帳」2012年2月号
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彼岸は此岸に混在しているありさまなのかもしれないと思う。彼女の絵を見ていると発狂してしまいそうだ。
理性がそれを思いとどまらせ普段我々は社会生活を行っているわけだが、それを思い切って開放してみることを想像する。しかしそこにはただ狂気のみが存在している自分のさまを考えてしまうためよけい精神をかき乱された。
そして今週のある一日。
先日もこのブログで書いたがカズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」を映画化した作品をDVDで借りてきてみた。見終わった後あらゆることがメタファーとして頭をよぎるため落ち着かない。キャシー、ルース、トミーはなぜ現状に抗うことなく受け入れているのだろうか。
彼女たちは自分のクローンのコピー元であるかもしれないと、わざわざその人物を探しだす。ポシブル(コピー元)を見つけたとき、彼女たちが見つめる表情。それがとても印象的で頭から離れない。
この映画の予告に次の文字が流れる。
「何かを期待したことはなかった」
なぜなの? ねぇ、どうして。いったいそれは何を意味しているの? と僕は問い続ける。
ヒトはもっと刺激のない世界に生きれれば楽なのに、とそう思う。いや楽な世界はこの世には存在しないのかもしれないが、カズオ・イシグロや松井冬子が見えている現実は、我々が見ている世界とは違うことは確かのようだ。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
寒波はすでに過ぎ去ったものと報道されている割には、今朝の金沢はこれまでになく雪が積もっていた。とはいえ豪雪地帯の積雪量に比べたら「あっ、そんなもの」と言われそうである。十日町では3m近い積雪があるようだし、青森の酸ヶ湯では4m14cm(現在)となっている。いつまで続くのだろうか。
今週は薬剤師会の会議をはじめとする他の会議もほとんどなかったため、ゆっくりと自分の時間過ごすことができた。そんなある日手にしたのは「美術手帳」の2月号。特集は松井冬子である。彼女の絵から魑魅魍魎という言葉が浮かぶほどにショックを受ける。「死と狂気の闇から生を照らし出す」彼女自らナルシシズムに充ちた自画像を描いている中に、本質的な精神性が読み取れるような気がする。それは・・・、「命の腐敗」なのではないだろうか。
特集の冒頭には次のように書かれている。
+-+-+-+-+-+
幽霊、臓腑、朽ちゆく花、狂気・・・・。
彼岸と此岸の境界を浮遊する魂を、
日本画の古典技法によって描き、衝撃と
ともに人を惹きつける画家、松井冬子。
10年にわたる活動の集大成としての個展
「世界中の子と友達になれる」は、
狂気や死を間近にした人間が放出する
エネルギーに充ちた世界を呈している。
現代社会において生のリアリティーを
問う松井作品の魅力とは何か。
新作、日本初公開作から代表作までを
紹介し、その全貌に迫る。
「美術手帳」2012年2月号
+-+-+-+-+-+-+
特集に組まれた彼女のインタビューは次のように続く。
+-+-+-++-+-+-
苦しみの頂点ではなく、
その一歩手前だから美しい。
それが私の心を捉えます。
・・・・・・・・・・・
自分が壊れるかもしれないという、
死に近い状態で、生きるための
エネルギーが放出されている瞬間、
その禍々しさに魅力を感じます。
松井冬子 談 「美術手帳」2012年2月号
+-+-+-+-+-+-
彼岸は此岸に混在しているありさまなのかもしれないと思う。彼女の絵を見ていると発狂してしまいそうだ。
理性がそれを思いとどまらせ普段我々は社会生活を行っているわけだが、それを思い切って開放してみることを想像する。しかしそこにはただ狂気のみが存在している自分のさまを考えてしまうためよけい精神をかき乱された。
そして今週のある一日。
先日もこのブログで書いたがカズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」を映画化した作品をDVDで借りてきてみた。見終わった後あらゆることがメタファーとして頭をよぎるため落ち着かない。キャシー、ルース、トミーはなぜ現状に抗うことなく受け入れているのだろうか。
彼女たちは自分のクローンのコピー元であるかもしれないと、わざわざその人物を探しだす。ポシブル(コピー元)を見つけたとき、彼女たちが見つめる表情。それがとても印象的で頭から離れない。
この映画の予告に次の文字が流れる。
「何かを期待したことはなかった」
なぜなの? ねぇ、どうして。いったいそれは何を意味しているの? と僕は問い続ける。
ヒトはもっと刺激のない世界に生きれれば楽なのに、とそう思う。いや楽な世界はこの世には存在しないのかもしれないが、カズオ・イシグロや松井冬子が見えている現実は、我々が見ている世界とは違うことは確かのようだ。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年01月28日
リトル・ミス・サンシャイン
中森です。
今朝の降雪はそれほどまででもなかったが簡単に除雪をした。とはいえ雪がまったくなかった一週間前とは大違いである。木曜日の朝に降ったまとまった積雪を見て、急いで2店舗の除雪を行ったためか、その後肩の痛みが強く出るようになった。それでなくても上腕から肩にかけての痛みは冬場に入りひどくなってきていた。そのため木曜日の夜には疲れもあったことも加えゆっくりと低温のお風呂に使っていたら金曜日には不思議と和らいでいた。肩の痛みにはこうすることが一番良いということに気がついたのも除雪の功名と理解している。
木曜日の様子
先日の日曜日、直江津での北陸信越薬剤師ブロック会議に参加したあと、帰らずに東京まで翌日の日本薬剤師会の委員会出席のため足を運んだ。
その日の直江津はまったく降雪はなく世界の豪雪地帯の入り口の様相はなかった。ほくほく線でそのまま越後湯沢に向かう。何度かトンネルを越えていくにつれ積雪がどんどん増していっているのがわかる。やがて積雪2メートルという豪雪の世界を見ることになる。
越後湯沢駅
越後湯沢・寒波が来る前
そんな時十日町に流れる信濃川が見えた。日本の原風景を見ているようで水と雪と山々によって作り出される絶景に感動する。白と黒と僅かに見える空の青空。そこには雪で閉ざされた純粋な地球があった。
電車に乗って、東京まで行くのは何年ぶりだろうか。宿泊とセットでとると航空機のチケットのほうがとても割安のため電車は選択肢のうちにまったく入らなくなっていた。ただ条件がひとつだけあり一週間前には予約を入れなくてはならないのだが、ホテルのランクによっては航空券だけの金額よりも安く買うことができる。
今回は久しぶりに電車で行くことになったわけだが、越後湯沢での新幹線の乗り換えに戸惑うことになってしまった。というのは、会議が予定より早く終わったため直江津発の電車を一本早やめて自由席に乗ったからである。その時間帯の自由席は思ったよりも込んでいてやっと一席見つけることができた。しかしこの人たちが越後湯沢で乗り換えるとなると大変だなと思っていた、なぜなら季節はちょうどスキーシーズンのためスキー帰りらしき人たちも多く見受けられたからである。越後湯沢についてドアが開いた瞬間自由席を下りた多くの人たちが一斉に走り出したのを見て、その集団と張り合う気持ちは萎えてしまった。予定通りの列車に乗ることにして越後湯沢で途中下車することにした。
改札を出るとスキー客や観光客を見込んだお土産屋さんの巨大な売り場があった。その一角に本屋さんがあったのでまずそこに入る。本屋があると必ず入るというのはこれは僕の長年の習性であろうか、入り口近くには川端康成の「雪国」が置いてある。ここでの雪国とは湯沢のことだったのかと思う。
お土産屋さんではそれぞれ工夫を凝らしたお土産が威勢のいい売り子さんとともにあった。ほとんどがスキーウエアを着た人たちで、僕のようにステンカラーのコートを着たものはまず見かけないため、集団の中では浮いてしまっているように思ったのであった。しかしよくよく考えてみる。薬剤師が白衣を着て街頭に出るとコスプレになる、セーラー服を着て秋葉原に行くこともコスプレなのだろう。そのためスキー客に混じって勤務者の格好をすることはコスプレの拡大解釈としてもいいのではないだろうかと、時々投げかれられる場違いという視線を多少気にしながらその落差を楽しんでいた。
越後湯沢から新幹線に乗ると、あっという間に東京駅に着いた。
翌日、前日のコースの逆をたどる。トンネルを越えると大量の雪が降っていて、そのときまさに豪雪地帯に入ったのだと感じた。前日までの天気とは一変し寒気が入り込んできたのであろう、真冬の様相を呈していた。十日町はさらに雪に覆われていた。これが本当の雪国の冬の状態なのだと実感する。
そんなことを思うと金沢はとても降雪の少ない雪国だ。実際富山県よりも福井県よりも不思議と石川県のほうが、とりわけ金沢の降雪はぐんと少ない。地形の関係であるのだろう。それに加え浅野川と犀川という二本の川に挟まれたきわめて敵に攻め込まれにくいロケーションに築城した加賀藩の叡智があったのかもしれない。
車窓から眺めていると富山県までは同じような降雪状態であったが金沢につく直前になると雪は降っておらず何と言えばいいのだろうか、日のあたる場所に着いたかのようなそんな土地の力を感じたのである。
金沢でほどほどに降る雪を見ながら日本酒とともに食事をするのも乙なものである。
今回、本は3冊持っていった。これだけ長い時間列車に揺られるのだからと思ったのであったが、小刻みに刻まれた乗車間隔のためか思ったほど本に集中できない。結局1.8冊読んだ程度。本のページにもよるのだが思ったほど読めなかった。出張時の本の選択に関してはこだわりがある、かばんに何冊も入れると重たいので文庫本か新書本を持っていく。内容が硬い本は眠たくなるのでできるだけ避け、比較的感情移入できそうな小説、短編集やエッセイとなる。まあこれも長年のノウハウを溜め込んだ出張の技法のひとつなのだが、そのため家で読んでいる本と平行して読むことになる。
その時読んだ本の中で一番心に残った言葉が以下である。
+-+-+-+-+-+-+-
「アメリカそのものがミスコンなんだ。そして、みんな出揚できると思い込んでるけど、
本当は僕らはみんな敗者なんだよ!」
「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」 町山智浩著
+-+-+-+-+-+-+-
ほとんどの皆は僕をはじめとしてミスコンやイケメンコンテストに出場すらできない敗者なのだ。それでないにしてもあらゆる面で敗者の汚名をひたすらかぶり続けて生活していることに気づかされた。文章は次のように続いていく。
+-+-+-+-+-+-+
その言葉は観客の心をえぐる。
それでもアメリカ人がこの映画を愛したのは、バラバラの家族が力を合わせてオンボロのヴァンを押す姿が開拓時代の幌馬車を彷彿とさせたからじゃないか。貧しい移民たちは西にあるといわれる約束の地を目指した。道なき荒野で幌馬車はしばしば立ち往生した。家族は力を合わせてそれを押した。途中で誰かが死んでも幌馬車は西を目指して進み続けた。それは何度裏切られても夢を信じ続けるアメリカ庶民の原像だ。
日本の映画マニアはやたら「ロードムービー」という言葉を口にして、アメリカ映画のマネをしてロードムービーを作ったりもするけれど、アメリカ人にとってロードムービーには以上のように歴史的に重要な意味がある。アメリカンメドリームを見失ったとき、アメリカ映画の登場人物たちは大陸を横断する旅にでる。そして何の保障もないまま未来をただ信じて果てしない荒野を進んでいた先祖たちに思いを馳せるのだ。
「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」 町山智浩著
+-+-+-+-+-+-+-
この映画とは「リトル・ミス・サンシャイン」のこと。
http://movies.foxjapan.com/lms/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD9879/index.html
僕も以前見たことがあったがこれは最高に面白い映画である。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2012年01月14日
「泉」 マルセル・デュシャン
中森です。
今週も連休からカズオ・イシグロの本を読んでいた。「日の名残り」と「わたしが孤児だったころ」。「日の名残り」はイギリスの名家の執事として、一つのお屋敷を代々二つの家主に仕えてきた執事の話だ。それを1月8日の県立音楽堂でグリーグのピアノ協奏曲を聞きに行ったときの合間にも読んでいるほど、静謐な文体に魅了されていた。
このときのピアニストはオット姉妹の妹であるモナー=飛鳥・オット。彼女はお姉さんよりも重厚な音質でゆったりと聞かせてくれる感じだ。しかし彼女はまだ20歳ぐらいだろうか、まさに天才姉妹である。聞いていたのは3階のしかも一番後ろの席であった。望遠鏡でのぞく。彼女はとても長い指をしているのが分かる。きらびやかなオーラを発しながら実に表情豊かに弾いていた。
家には佐渡裕がベルリンフィルを指揮した時のDVDが届いていた。ショスタコービッチ交響曲第五番。大きな音量ときわめて強い音での演奏。佐渡裕は指揮台に立つと音楽の神様が憑依しているのではと思う瞬間がある。それは神様から操られて指揮を振る霊媒師のようであるとも感じたのである。まるでショスタコービッチが作曲した当時の社会主義に突き進む国家の体制を音楽で暗に批判している、そのときの感情が伝わってくるようだ。
「マルセルデュシャンの作品「泉」は普段からわれわれの生活の中に美が溢れていることを教えてくれたように思います。」というと某美大の教授の先生は「まさにあの作品はギリシャ時代から面々と続く美術の歴史の中での転換点で最も偉大な作品でした。」とおっしゃられた。水曜日に行われた有志三師会の会食会でのことである。その日先生は講師としてこられた。
建築はマキシマリズム的な様式を好まれるそうで、そのため21世紀美術館の評価は低かった。一方アントニオ・ガウディーやかってのドイツで活動したデザイン集団であるバウハウスがお好みとのこと。家に帰り工芸家である先生の作品を見た。テクスチャーへのこだわりを強く感じ、素材や肌触りを大切にする人だ理解する。そのために先生が仰られた話の意味するところもわかったように思えた。
僕は対極のミニマリズム派である。これはお金がかかる装飾に理解を示さない僕のような貧乏人の発想かもしれないが、その中に禅の思想があると開き直っている。
その先生がスティーブジョブズの自伝を読み素材に関する記述が実に参考になったと仰られたので、「わたしが孤児だったころ」を読み終えた昨日から、だいぶ前に買い置いてあった彼の自伝を読み始めた。
と、なんとなくとりとめもない内容になってしまった。
今日はこんなとこである。
では
中森慶滋
2012年01月07日
わたしを離さないで
中森です。
お正月をはさみ、この一週間はさまざまなことに心が揺れ動いた。そのため一週間ほど旅行をしてきたかのような感じだ。一週間前はちょうど大晦日であった。その日テレビで放映したベートーベンの第九は不思議な感じだった。実際の演奏は12月の後半だったので生中継ではなかったようだがソリストが舞台左側に集結して歌った。
途中から見たのでその経緯や今回の演奏の背景は説明されていたのかは分からないが、とても感情を抑制したかのような演奏であり合唱であった。なんだか盛り上がらないなと思っていたところ2006年のウイーンでのニューイヤーコンサートでロリンマゼールが恒例となっている最後のラデッキー行進曲を取りやめたのを思い出した。その時は一週間ほど前に津波がスマトラ周辺を襲った鎮魂のためとの説明があった。
今回の第九はそのような意味もこめられているのだろうか、ホントはこのように演奏や放映は自粛すべきだったのではないだろうかとも思ったのではあったが、あえて鎮魂の意味をこめて演奏することが必要だったのかもしれないと思いながら聴いていた。
その3月11日から長年の習慣が途絶えたことがひとつだけある。
それまで音楽番組やドキュメンタリー番組を録画してDVDに焼き車の中で見ていたのであったが、その日から車の中では災害の様子を見続け、テレビ番組が平常状態に戻ってもDVDを見ることはなくHDにコピーした音楽を聴いていた。ここ年末になり番組を録画して再びDVDを焼くことにした。留守録画をしておいた番組がいくつかたまっていたのである。
車の中でDVDを見るという習慣をなくしてしまった事、それが僕にとっての鎮魂を意味したのだと思う。内田裕也は英語で言うと石巻はロックンロールだ「なにか縁を感じる」と言ったそうだが、僕も訪れた石巻。そのためなおさら以前の生活には戻れないような気がしていたのだが何かのきっかけを待っていただろう。
録画しておいた番組の中にNHKの「カズオ・イシグロを探して」という番組があった。英国作家であるイシグロ氏を福岡伸一氏がインタビューする。代表作「わたしを離さないで」についてイシグロ氏はこう語る。
+-+-+-+-+-+-+-
「この設定はメタファーとして選んだものだ。でも実世界でも誰もが病気になるし、誰もが死に至る。クローン人間という特異な状況を用いれば人々になんと奇妙な存在だと思ってもらえる。そして私と映画制作者の狙いは物語が展開するにつけ、映画を観る人、本を読む人々に気づいてほしかったんだ。これがすべての人に当てはまる人間の根幹を描く物語だということを」
「しかし大人へと成長する過程で子供たちはある種の失望感を覚えるのではないでしょうか。世界が優しい場所だという記憶がまだ残っているのですから。ノスタルジアは決して存在しない理想的な記憶なのです」
ETV特集「カズオ・イシグロをさがして」より
+-+-+-+-+-+-+-
未読の本がどんどん増殖して行く中、1月1日の夜近くの本屋さんに行き「わたしを離さないで」を買ってきた。急いでそのとき読んでいた本を読了させ読み始めた。
静謐な文体が僕の心をひきつけていく。提供者と呼ばれている主人公キャシーはトミーやルースとともにイングランドのへールシャムという寄宿舎で生活をしていた。彼らは人の細胞からクローン技術によって作られた。そんな彼らには提供するという明確な目的があった。彼らの臓器は成人したときに他人に移植され何度かの移植の後、その使命を終えさせられた。そのような境遇に生まれたキャシーたちを子供の時代から描き、揺れ動く感情をきわめてイギリス的な淡々とした文体でうめつくされていた。
彼らが成人し提供を待つ施設に移されたとき、ルースのポシブルを見かけたと聞いた。
+-+-+-+-+-+-+
ポシブルの理屈自体は簡単で、とくに問題となるような要素もありません。わたしたちはそれぞれに、あるとき普通の人間から複製された存在です。ですから、外の世界のどこかに、わたしたちの複製元と言いますか、「親」がいて、それぞれの人生を生きているはずです。とすれば、その「親」と偶然出会うことも理論的にはありうるでしょう。外の世界に出かけるとき、わたしたちは道でもショッピングセンターでもサービスエリアでも、自分の・・・あるいは友達の・・・「親」に出くわさないか、いつも目を凝らしていました。これはと思う人が見つかると、「親」の可能性があると言う意味で、「ポシブル」と呼んでいました。
「わたしを離さないで」 カズオ イシグロ著
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福岡伸一氏は番組の中で不思議なことをイシグロ氏に語る。
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「しばしば人は“これは私の幼少期の素晴らしい記憶だ”“鮮明な記憶だ”と語ることがあります。私はそれは操作された記憶だと思うのです。感傷的な記憶や美しい幼少期の記憶だと、ペットのように飼い慣らされた記憶だと。記憶は繰り返し思い返すことで飼いならされ無意識のうちに美しく変更されています。つまり操作されているわけです。あなたの小説にも似たエピソードや物語が見受けられます」
ETV特集「カズオ・イシグロをさがして」より
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確かに記憶とは、自身によって作り出された飼いならされたペットのようなものなのかもしれない。それは美しく装飾され心地よく心の奥底で存在している。そんな記憶があるからこそ自分の存在を認識し確認することができるのだろう。
翌、2日は初売りで街の中心地はごった返す中、シネモンドに行って映画を見てきた。
10時30分上映開始とあるのに25分になっても駐車場に入れない。その長い列を見るまではきっと間に合うと信じていたのに、その思いも収束してしまう。もう間に合わないなと思ったとき、列とは別に通り抜けることができるスペースを見つけた。ここを通って帰ろうと思った。少し行くとコインパーキングが一台分空いているのを見つけた。不思議な感じだ。この映画を見ろといわれた様な気がした。急いで駐車して、家族と一緒に福袋に沸き華やかに着飾った娘たちの間をすり抜け、109の映画館に駆け込むと30分はとうに過ぎてはいたが、いまだ予告フィルムを流しているところであった。映画は最初から見ることができた。
見た映画は「エンディング・ノート」癌で余命を宣告された父を娘が撮り続けたドキュメンタリーである。
http://www.ending-note.com/
熱血営業マンとして高度経済成長期に会社を支え一部上場会社の専務まで上り詰めたサラリーマンである砂田知昭氏は、67歳で40年以上勤めた会社を退職し第二の人生を歩み始めた。その矢先、ガンが発覚し半年の命と宣告される。残される家族のため、そして人生の総括のため、彼が最後のプロジェクトに乗り出す。それは自らの死の段取りをつづった「エンディング・ノート」を作成しそれを基に「終活」することだった。
http://www.nikkei.com/life/culture/article/g=96958A90889DE1E7E2EBE6E7E6E2E0E4E2EBE0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E6E2E4E0E2E3E2E4EAE0E7
リチャード・C・フランシスが書いた、エピジェネティクス「操られる遺伝子」を読んだ。「エピジェネティクス」とはDNA配列は変化しないままDNAの性質が長期的あるいは恒久的に変化することを示す。このランダムに起こる遺伝子の付着や分離は、食べ物や環境汚染、社会との相互作用によって引き起こされると言う。つまり環境と遺伝子が作用しあう領域でおこっていることになる。癌細胞については次のように記述している。
+-+-+-+-+-+-+-
カリフオルニア大学バークレー校のミナ・ビッセルのグループは、普通の乳房細胞の基本的性質を模した人工の乳房組織を構築した。そしてその環境に悪性の乳がん細胞を導入し、その後の経過を観察した。ビツセルは平然としていたが、その結果に多くの人は驚いた。なんと、がん細胞が正常化したのである。がん細胞ががん性を喪失したのは、正常な乳腺細胞との相互作用によるところが大きいが、もう一つ重要な要素として、細胞が浸されているゲル状の基質の化学組成も無視できない。この基質は、正常な状態でも、がんの状態でも、細胞どうしの化学的な相互作用を支えている。
注目したいのはビツセルの経歴で、彼女は発生生物学を研究した後にがんの研究を始めたため、正常な発達を支える細胞の相互作用について、十分な知識を持っていたのである。彼女を始めとする組織由来説の支持者は、がんは正常な発達が破綻した状態であり、その破綻は、場合によっては自動修正される、と考えている。そしてこの自動修正は、幹細胞でも、完全に分化した組織でも起きる。
微小環境に注目する人々は、がんは、細胞間の相互作用の破綻から生じると考えている。細胞間相互作用が破綻すると、細胞の内部環境が変化し、低メチル化などのエピジェネティツクな変化が起きてがんが発生する、というのである。そして、発がん物質ががんを引き起こすのは、それが細胞の相互作用を破綻させるからなのだ。この見地から細胞組織を監視していけば、SMTの立場で見ていくより早期にがんを発見することができる。また、がんの治療は、正常細胞ががんに立ち向かうのを助けることに重点が置かれるようになるだろう。それは現行の放射線療法や化学療法とは逆の方向からのアプローチとなる。
エピジェネティクス「操られる遺伝子」 リチャード・C・フランシス著
++-+-+-+-+-+-+-+-
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2011年12月24日
The Christmas Waltz
中森です。
今朝も先週と同様に街はうっすらと雪化粧をしている。寒波の程度が心配されたもののホワイトクリスマスだ。今日はThe Carpenters のThe Christmas WaltzをYoutubeから恋人たちに贈ろう。
昨日は、寒波襲来という予報だったので、覚悟はしていたものの雪は積もることはなかった。そんな中、日本薬剤師会から役員の先生方をお呼びして会議が開かれた。遠方からこられたので先生方は相当心配されていたようであったが杞憂に過ぎなかった。
会議が終わり書斎で本を読みだす。デヴィッド・ゴードン著の「二流作家」早川ミステリーのシリーズだが、東京の本屋さんにたくさん積んであった。後日、近所の本屋で買ってきたものを早速読み始めたのだ。
さほど売れることはない、倒錯する愛をテーマにした小説を書く二流作家に、猟奇的な連続殺人を犯した死刑囚から、自分が犯した犯罪の自伝を書いてくれと頼まれる不気味な内容だ。
ハンニバル・レクターを思わせる個性的な犯人に監獄で出会うシーンを読んでいるとき、外を見ると軽やかに雪が舞っていた。
それを見たとき、こんな雪の世界の中ではバロック音楽をかけなくてはと、急に思い立ちバッハやヴィバルディーのメジャーものではなくではなくScarlattiのハープシコードの演奏、そしてHeinrich Schutzの聖歌などをかける。部屋の空気が一変して神聖な空間に囲まれる。本はエロス〈生の本能〉とタナトス〈死の本能〉の究極のストーリー。そんな祝日の夜であった。
今週、北朝鮮の金正日氏が亡くなり、多くの報道に接することとなったわけだがワイドショー番組から全国紙まで、泣いているのは最前列だけ、やたら大げさに泣いている、などと関心の程度がいかがかと思う内容である。確かに演出しているかのように泣いているように見える、しかしわれわれの感覚で理解してもいいのだろうかと思う。
僕が幼少のころ母が知人の家族の葬儀から帰ってきた時ポツリとこういった。「泣き女がいたわ」母も初めて行った朝鮮系の葬式だったようである。
それから母は悲しみを演出するために朝鮮民族の人たちは泣くことを職業としている人を葬儀に呼ぶことがあると僕に教えてくれた。日本では悲しみをぐっとこらえるのが葬儀の美徳としてあり、そのことで悲しみをいっそう誘うものであるが、そうではない人たちもいることを幼い時に理解した。
今回の報道は、葬儀に泣き女がいる文化を理解する報道姿勢が必要だったのではないだろうか。僕が9歳のときに亡くなった数少ない母の思い出である。
亡くなった話としては印象的だった小池真理子氏の小説「エリカ」を思い出した。
妻が風呂場で無くなっているのを夫が見つけた。急死であった。浴槽の中には携帯電話が落ちていた。きっと電話をかけて夫や娘たちに助けを求めようとした、しかし間に合うこともなく亡くなったと夫は涙ぐむ。
医師の話では意識が完全に無くなるまでには2-3分の時間があっただろうという。その間に指でボタンを押す力もなくなり手から携帯電話が滑り落ちたのだと。
ところが亡くなった彼女をよく知る主人公は「そうだろうか」と思う。
+-+-+-+-+-+-+-+-
蘭子は瞬時にして自分の死を悟ったのかもしれなかった。さもなければ、このまま自分は意識を失い、しばらくの間、元に戻れなくなる、と確信を抱いたのかもしれなかった。
そうなったら、携帯の送受信記録や残されたメールを家族に読まれてしまう可能性がある。蘭子の携帯には、ぎっしりと秘密が詰まっている。それは蘭子のこの三年間の、生きた証であると同時に、動かしがたい不貞の証でもある。それを見られることを恐れるあまり、最後の力をふりしぼって、蘭子は自分の携帯を湯が張られたバスタブの中に落としたのかもしれなかった。
「エリカ」小池真理子著
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上記の引用のために持ってきた文庫の裏表紙を見た。ブックオフの105円のシールが張られていた。
今日はそんなとこです
では
中森慶滋
2011年12月17日
金沢の冬の始まり
中森です。
今年の冬の到来は遅いものだと思っていた。その証拠に自宅の「やまぼうしの木」の紅葉が遅れ、いまだすべて落ちきっていないのを微妙なものだと感じていたからである。しかし昨日夕方を過ぎてから、雪が降り出した。積もるまでいかないだろうと思っていたらどんどん降り積もりあたりは真っ白の雪景色と変わってしまった。
そんな雪景色を眺めながら書斎に籠もろうとしたら、21時近くになってオーディオ専門店のNさんが訪ねてきた。僕の書斎には小さなコンポーネントが置いてあり、実質的に一番よく聞いているのがこのコンポーネントで再生される音楽である。このJBLのコンポーネントもNさんから購入した。
小さなスピーカーとはいえ、聞き込んできて2年近く、次第にスピーカーの音がまろやかになってくるとともに僕が聴く音楽に順応してくるのがわかるだけにスピーカーとは不思議なものである。以前このブログでも書いたことがあったかもしれないが、そのJBLのコンポーネントのアンプが故障したとき、Nさんはマッキントッシュの代替機を持ってきてくれたためさらに高音質の世界を知ることになる。
そんなNさんはカレンダーとマッキントッシュのカタログを持ってきていた。さり気なく売り込もうというのであろうが、押し売りをしないところがNさんのいいところである。むしろ現在のシステムを聞き込んで愛着を持ってほしいという。Nさんも僕の性格をわかっているようで、オーディオの機械マニアではなく、ジャズとクラシックを中心とした音楽愛好家のタイプであるということを重々承知しているのである。
書斎に上がってもらったとき、こんなのがあるんですよと言い1939年録音のブラームスの第四番をかける。戦前の音が重厚にもよみがえる。それからしばらく部屋を眺めていた。そしてこの部屋で鳴らすことを考えたときに、絶妙のスピーカーの置き方をした店があるんだという。ちょうど今からその店にカレンダーを届けに行くから一緒に行きませんかという。運転は僕がしますので中森さんはアルコールでも飲んでいればいいんですよというので行くことにした。
金沢駅近くのその店に着いたときには、雪がうっすらと地面を覆うようになっていた。中に入るとホールがあり、そこは二階まで吹き抜けの構造であった。かかっているCDはマイルスデイヴィス。こういうマニアックなお店としては、オーソドックスと言うか正統派の意外な選曲だ。案外店主は変わりものではないのかもしれない。
ソファーがすべて埋まっていたので少しだけ音楽を聴いたら帰ろうかと思ったら、一組の男女が席をたった。その席に腰を下ろしスピーカーから流れてくる音楽に聞き入ることにする。この店内空間に合わせてNさんはイコライザーで調整したのだそうだ。
雰囲気に浸りながら最初のアルトサックスはキャノンボール・アダレイだったのかと思い出す。ビル・エバンスの音が繊細に響く。
昔からの友人であるM君や村上春樹のエッセイで知ったアイラ島のシングルモルトを注文する。ボウモアやラフロイグはどこに行ってもおいてあるのだが珍しくカリラがメニューにあった。カリラをお願いしてストレートで飲む。とてもスマートで上品な女性のような感じだ。そのあとに飲んだラフロイグは、男性的な強さに溢れている印象を持つ。つまみのチーズが実に引き立ちおいしく感じる。
話好きのNさんと話しこんだ後、もう遅いからといい帰ろうと外に出たときにはすでに雪はやみ、これから長い冬が金沢を覆うんだと思った。しかし不思議なことに何んだろうか、新しい予感がしたのだ。これは言葉にするのはとても難しいのであるが、冬の到来とともに世の中は破壊されるが、その後に来る再生の季節、そのサイクルの美しさを冬の始まりとともに感じたのだろうか。そんな感じがした。
今週読んだ川上未映子氏の「すべて真夜中の恋人たち」の初めの一ページ目に印象的な文章が書かれていた。今日はその本を持ってきていないので引用はできないが、夜の闇に光り輝く美しい情景が描かれていた。
その文章を思い出しながら、時折降ってくる初冬の雪を見ながら思ったのである。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2011年12月10日
オペラ『高野聖』
中森です。
昨夜は泉鏡花原作の世界初演オペラ『高野聖』を見てきた。その二日前にはキエフ国立フィルハーモニー交響楽団が演奏するオール・チャイコフスキーの演目を聞いてきただけにその興奮もさめやらぬといったところだ。
バイオリン協奏曲と6番の「悲愴」バイオリンのソリストはオーケストラと対抗できずに存在感を出すことはできていなかったが、6番はすばらしかった。小澤征爾氏がベルリンフィルを指揮した6番は永遠の名演となっているだけに、それと比較してどのように聞くことができるか興味深いところであった。
6番は優雅な第二楽章と勇壮なマーチである第三楽章のあとに実に悲しいメロディーで構成されている第四楽章が続く。この対比をどのように理解するかはCDを聞いただけではよくわからない。スピーカーからでは聞き流してしまうのだ。
ベートーベンは第九で歓喜を叫んだ。この世の中は歓喜に溢れていると。しかしチャイコフスキーは極めて仏教的に世の中の本質を描いていた。優雅なことも勇壮な出来事もすべては悲しみに通じている。それも「悲愴」という実に深い悲しみなのだ。死を前にした時それが理解できたと言いたかったのではないだろうか。
心臓の鼓動が次第に弱くなりやがて死を迎えるように『悲愴』はゆっくりと終わる。指揮者のニコライ・ジャジューラは曲が終わっても暫く動こうとしない。ずっと指揮台で止まったままだ。30秒以上もそうしていただろうか。観客は固唾を呑んで見入っている。手を下に下ろした瞬間、場内からは割れんばかりの賞賛の拍手が鳴り響いた。
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーは1893年に交響曲第6番「悲愴」(作品74)を初演したその9日後の11月6日に急死した。
鳴り止まない拍手を受けて、アンコールはくるみ割り人形から「花のワルツ」まさにチャイコフスキー漬けの一日であった。
そして昨夜は、久しぶりの金沢歌劇座。ホールに入ってうろうろしていると作曲者である池辺氏が歓談しているのが目に入った。場内は空席がほとんど見られないほどの盛況ぶり。なかなかここまで観客を集めることができるなんてたいしたものだと思う。それも泉鏡花と金沢人になじみの深い題材をオペラに仕立てたためなのであろうか。
高野聖とは高野山から諸地方に出向き、勧進、勧化、唱導、納骨などを行った僧を言うらしい。そのお坊さんが山道で富山の薬売りに出会う。薬売りからは悪態をつかれからかわれる。「お坊さん女にもてないから坊主になったと違うかね。それとも俗世間に未練があるのじゃないかね」
途中別れ道に差し掛かったところ、薬売りからはこっちが信州への近道だといわれたためにそちらに行くことにする。薬売りとははぐれてしまったが暫く行くと、人家があることに気がつく。人家から出てきたのは美しい女性。お疲れが見えるので下の谷川に行って体を流したらいかがでしょうかと言われ案内される。体を水に浸していると美女も衣服を脱ぎ始めた。
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「汗臭うはございませんか、わたしは汗っかきですから」とさらりと着物を脱いだ女の肉付きのよい柔らかな肌が、僧の触れる度に、僧はこの世のものとは思えぬ陶酔の世界に浸っていった。
「恥ずかしがらずに・・・・、それとも叔母さんのお世話では、おいやでござんすか」女の悪戯っぽい問いに、僧は「いいえ、、いいえ柔らかな花びらの中に包まれていくようで・・・」と答えるのがやっとだった。「まあ嬉しいことを・・・、こんなお転婆をして、私、川に落っこちて流されていったら、里の人はなんていうでしょうね。」女は妖艶な中にも或る気品を漂わせながら、僧の体に手を回して語りかけた。僧は思わず「白桃の花だと申しましょう」と言った。
オペラ『高野聖』パンフレット「あらすじ」より
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男が女と連れ立って戻ってきたところを見て、無事帰ってきたことを驚く。薬売りは女に馬にされてしまっていたのである。女は男を誘うとはヒキガエルやこうもり、馬など獣に変えてしまう妖怪だったのだ。
ここで一幕は終わる。実際僕が覚えいてた筋もこのような内容であった。そして、第二幕が始まる。展開はどのように行われるのだろうか興味深いところである。
二幕では対比によって揺れ動く人の心の情景が演じられた。僧は聖職を捨ててでも気品のある女の立居振る舞いに心を引かれる自分と葛藤する。女はこれまでの俗な男とは違う純粋な人の美しさを男から感じる。
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人の立ち入れない、閉じられた世界に生きる妖艶な美女の、激しい本能ともいえる情念と、一方、真実の愛を遂げられて人間らしい清楚な女の幸せを求める願いの狭間で、切ないまでに苦しむ女の心情に、僧はやはり切ない愛しさと心残りを覚えつつ山を降りていった。
真実の愛を知った女は「私は魔女ではありませぬ」と、僧の変わらぬ想いを切々と歌い続けるのだが、その歌声は僧の胸に、かっての女の姿そのままに響いていくのだ。
オペラ『高野聖』パンフレット「あらすじ」より
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金沢は闇の街であると栗本慎一郎は『都市は、発狂する』で書いていたように金沢の夜の街には不思議な趣がある。特に鏡花が生まれ育ったあたりには、時間が止まってしまっている。気がつくと異空間への入り口を通り越してきたことに驚く。そのような泉鏡花の世界を描くオペラの初演に立ち会えたことの幸運を感謝する。
一幕でクライマックスは終わったものと思っていたら、さらに深い鏡花の世界が描かれていたことに、金沢の街と同じようだと感じる。それはどこまでいっても飲み込まれてしまい、まるで底がないような闇の街である。
金沢発のこのオペラが長く絶賛されるであろうことを予感させられたそんな12月の夜であった。
今日はそんなとこです。
では
中森慶滋
2011年12月03日
泉鏡花
中森です。
昨夜行った郊外型の本屋さん。21時を過ぎていたためか店内のお客さんはまばらで雑多な感じがなく自分のペースで本を選ぶことができる。そのとき店内に流れていたのがジャズシンガーのトニー・ベネットとピアノとのデュエットのアルバム。アルバム名はわからないが、ピアノの生々しい音とトニー・ベネットの軽やかな歌声が店内に響きとてもよい雰囲気をだしていた。
ところが居酒屋ならまだ許せるとしても、和食の小料理屋でもジャズがかかっているのを耳にすることがある。それもブルーノート系のあくの強いジャズ。というかブルースが中心だ。おそらく有線のジャズチャンネルをそのままかけているのだろうが、刺身を食べながらハンク・モブレーやホレス・シルバーを聞きたいとは思わない。ある居酒屋では、ジャズの有名どころのコンピレーションアルバムがかかっていた。これも聞き続けると飽きてくるのではないかと不安になる。
そういえば今週ジャズの往年のドラマーであるポール・モチアンが亡くなったとの報道があった。ポール・モチアンといえばビルエバンスの名盤で繊細なドラミングが聞くことができる。ベースはスコット・ラファロ。フェルメールの名画がこの世に存在しているのと同じように三人のインタープレーはこの世に舞い降りた奇跡のようだ。
今月発売された「小澤征爾さんと音楽について話をする」という本。村上春樹氏と小澤征爾氏が音楽についての対話を収録したものだ。驚かされるのは村上氏の深く聞き込んだ鑑賞力である。世界の小澤氏を相手に彼から言葉を引き出していく。冒頭の部分で村上氏は次のように書いている。
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音楽とは基本的に、人を幸福な気持ちにするべきなものだと考えている。そこには人を幸福な気持ちにするための実に様々な方法や道筋があり、その複雑さが僕の心をごく単純に魅了する。
「小澤征爾さんと音楽について話をする」村上春樹、小澤征爾著
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さらに
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ジャズとクラシック音楽を交互に聴くことは昔も今も、僕のハートとマインドにとってとても有効な刺激に(あるいはまた安らぎに)なっている。どちらかひとつだけしか聴いてはいけないと言われたら、どちらをとるにせよ、ずいぶん淋しい人生になってしまうことだろう。デューク・エリントンが言っているように、世の中には「素敵な音楽」と「それほど素敵じやない音楽」という二種類の音楽しかないのであって、ジヤズであろうがクラシック音楽であろうが、そこのところは原理的にはまったく同じことだ。「素敵な音楽」を聴くことによって与えられる純粋な喜びは、ジャンルを超えたところに存在している。
「小澤征爾さんと音楽について話をする」村上春樹、小澤征爾著
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この前の日曜日、野々市市のホールで毎年恒例のジャズのコンサートがおこなわれた。一部は野々市市を代表するムーンライトオーケストラ。いくつかアマチュアのビッグバンドが石川県に存在するが、そのレベルはプロフェッショナルと対抗してもひけをとらない一流にまでに育っている。と、思いながら二部へと入る。二部では米国から来たジャズコンボの登場だ。リニー・ロスネス(p)が率いていく。彼女のアルバムも一枚持っている。
とてもまろやかな印象の美しいフレーズを多用するピアニスト。彼女を野々市市で聞けるなんてすごいことだと思いながら一曲目、気持ちよく眠ってしまった。そして二曲目も、三曲目も。曲が終わると目が覚めるのだが、始まると眠ってしまった。これはとても気持ちがいいことなのだが、実にもったいないことでもある。なぜ眠ってしまったのかはわからないが、最上の時間の使い方である。
昨夜はミニマル音楽のフィリップ・グラスのアルバムを聞きながら寝ていた。
開演前ホールで演奏していた、女子学生バンド。
来週、泉鏡花の「高野聖」がオペラとして上演される。合唱団を率いるのは薬剤師会の綿谷敏彦先生である。それを聞きに行くのであるのだが、一つだけ謎がある。「高野聖」の主人公のお坊さんだけがなぜ色気立つ女から動物にされることなく無事生きて帰ってこられたのか。
その謎を探ろうと泉鏡花記念館に行ってみることにした。そして鏡花ゆかりの地を歩いてみた。
今日はそんなとこです
では
中森慶滋